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先日、日本に戻ってきた際に東京で友人とクルマに乗っていた。クルマは多かったが、スムーズに移動できて快適だった。しかし友人は「ひどい渋滞だ」と怒りを露わにしていた。
タイの首都・バンコクで暮らしていると、交通渋滞は日常茶飯事で、ぴたりと流れが止まってしまうこともある。東京で友人が嘆いた渋滞は、バンコクだったら「ちょっと混んでいる」というレベルに過ぎない。
それでもボクにとっては今のバンコクは渋滞がだいぶ解消されて、快適になったくらいである。しかし、近年、バンコクの渋滞悪化が話題になることがしばしばだ。20年ほどタイに暮らし、日常的にクルマを運転するボクから見れば、バンコクの渋滞の原因は明らかだ。それは、信号機の使い方にある。
タイ人には分からないバンコクの交通渋滞がひどい理由
2017年くらいからだろうか。バンコクの渋滞がひどいという話題が再びメディアに出るようになったのは……。1990年代後半は実際に社会問題としてマスコミに取り上げられていたが、2000年代に入ってその話題は聞かなくなっていた。
【参考:世界38か国の交通状況に関するデータ調査】
再燃の始まりは2015年の調査結果として欧米のwebメディアが世界の主要都市における渋滞を数値化した記事を掲載したことだ。朝夕にある一定の距離を走り、その際にかかった時間などを計算すると、バンコクはメキシコの首都・メキシコシティに並び、世界で1位2位を争うひどさだという。
それをタイのメディアがわざわざ翻訳し、バンコクの交通渋滞悪化を騒ぎ立てた。
タイでの運転歴が日本よりも長いボクからすると、おそらくこの記事は若い記者が掲載したものだと見る。というのは、ボクが初めて来たころと比較すれば、バンコクの渋滞はだいぶ改善された。
1990年代あるいは2000年代初頭はそれこそ1メートル進むのに1時間かかることがよくあった。今はどんなにひどい渋滞でも1時間もあれば10キロは進める。
本当に交通渋滞の悪化が著しければ、もっと社会問題化したっていいはずだ。しかし、webメディアが取り上げるくらいで、改善策などが政府や警察から打ち出されないのは、ボクのように「むしろ昔より快適」というイメージを持っているタイ人が多いからではないか。
タイ人は生まれたときからこの交通ルールや状況なので、なにがいけなくて渋滞が発生しているのかが分かっていない人も多い。
タイ人に渋滞悪化の理由を質問すると、多くが「バンコクはクルマが多いから」と答える。それもひとつかもしれないが、それならば東京だって同じだ。
タイ人にはわからなくとも、ボクのように外国から来た人から見れば、バンコクの交通渋滞が起こる理由は明確だ。
タイ・バンコクでは信号の変わり方が日本と全然違う
バンコク渋滞の大きな要因は信号機にある。もちろん、複合的な理由があるのでこれだけではないが、タイ人が言うとおりにクルマが多いのが背景にあるなら、信号による悪影響はかなり大きい。
まず、ほかに考えられる要因としては、バンコクの道路レイアウトの悪さがある。一方通行が多く、さらに時間帯によってルールが変化する分かりにくいエリアもある。
道路状況の悪さもあってか、雨が降って冠水してしまうと、より怖い。それから運転マナーの悪さもある。我先にと割り込むので、より流れが悪くなる。
そして、なによりも信号機だ。信号機そのものはだいぶ改善され、故障することがほとんどなくなった。
90年代は赤信号のまま変わらなくなって、一方の通りだけが1時間も2時間も待たされるということもあったほどだ。今はそれがなくなっている。
しかし、昔も今も変わらないのは一方向だけ青色になり、残りは赤色となる信号機のシステムだ。日本の交差点、特に十字路だと自分の正面にある信号が青色になれば、すなわち対面の直進も青色になっていることが普通だ。
ところがタイでは、目の前の信号が青色になっているとき、基本的にほかのすべての信号が赤色になっている。つまり、四叉路においてはひとつが青色で、ほかの3つは赤色になっているのだ。
仮に青信号が2分間だけとする。すると、2分間経過したのち進行方向の信号が黄色、赤色となって停止する必要が出てきたら、そのまま6分間は止まっていなくてはならない。
深夜など交通量が少なければいいが、朝夕の通勤・帰宅ラッシュ時、平日の日中に6分間も待たされては、あとからクルマが詰まっていくのは明白だ。これで渋滞をしないというのなら奇跡としか言いようがない。
警察官が手動で信号機を操作するためより渋滞が悪化
タイでは派出所は主要交差点にある。しかし、これは交通課の詰所のようなもので、防犯のためのポリスボックスではない。この小屋の中に実は信号機を手動で動かすことのできる機械が置いてある。
簡単に言えば、操作パネルが小屋の中にあるのだが、たぶん誰だってひと目で使い方を把握できる。四叉路であれば、緑色のボタンが4つ並んでいるだけなのだ(デザインは各所で違う)。
ひとつを押せば、それに該当する箇所が青色となり、あとは自動的に赤色になるようになっている。この装置はVIPが通るときなどにも使われるし、日中は警官が交代で小屋に入り、交差点の先々まで把握できる監視カメラの画面を見ながら、適宜、警官の判断で信号を切り替えている。
実はこれも大きな渋滞悪化の原因にもなる。というのは、警官の個人的な感情で判断されるので、オートマチックにすればリズムよく動けるものをその流れを止めてしまうからだ。
たとえば「この方向は詰まり始めているから、ここの青色を長くしていこう」などと勝手に判断する。すると、今度はその逆が混みはじめ、最終的に取り返しのつかない渋滞になるというわけだ。
監視カメラの導入はわりと最近のことだが、システム自体は昔から変わっていない。ある日、小屋に詰めていた警官に「日本とは変わり方が全然違う」と話すと……
「知っている。でも、タイで向かい合う直進同士が青色になるというのは、簡単なようで難しい。交通事故が増加するだろうから、今さら変えられない」
……と言っていた。ちなみに、監視カメラとは別に、バンコクの主要交差点には信号無視の取り締まりカメラが設置されている。これによって信号無視のクルマやバイクはナンバーが自動判別され、郵送で罰金請求が行くようになった。
そのため、導入されたころ(20年くらい前だろうか)から、バンコクの信号無視は激減。
交差点はちゃんと信号を守るバイクでいっぱいになるが、交差点の通行がスムーズになったので、これはこれで渋滞軽減のひとつになったと思う。
かつて、外国では左側通行から右側通行にある日を境に変えたときには事故が多発したという。タイは信号の青色になる仕組みを変えるだけなのだから、警官が心配しているほど危険なこともない。
仕組みを変えたタイミングで仮に事故が増えたとしても、渋滞が解消されて、もっと大きな事故がその後減る可能性が高いのだからやるべきだとは思うが、さすがにいち警官の一存でできるわけでもない。
それに、タイで権力がある政治家を含めたVIPたちは、すでに特別扱いで道路を走っているので、そもそもバンコクが渋滞のひどい街だとは思ってもいないかもしれない。
結局、タイは格差社会で一般市民がいつだって渋滞を始め、さまざまなしわ寄せを引き受けなければならない。それがタイなのだ。
レポート&写真●高田胤臣 編集●モーサイ編集部・小泉元暉
■高田 胤臣(たかだ たねおみ)
1998年からタイで過ごしはじめ、2002年にタイへ移住。タイにある「華僑系慈善団体」でボランティア、現地採用会社員として就業。2011年からライターの活動をし『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)をはじめ、書籍や電子書籍を多数発行。
noteではタイにまつわる出来事を綴っている。