伊豆に巨大サーキット建設予定があった!
“前回”の東京オリンピックが開催された1964年。バイク雑誌『モーターサイクリスト』の姉妹誌として、自動車専門誌『driver』は同年に創刊されている。
その創刊から間もない『driver1964年5月号』に、「伊豆スピードウェイ着工近し」という驚くべきニュースがあった。
「スピードウェイ」といえば、もちろん「富士スピードウェイ」。筆者は今も反射的に「フィスコ(FISCO)」と言ってしまうが、トヨタ傘下で2005年にリニューアルオープンしてからは「FSW」が正しい略称だ。
『driver1964年5月号』記事に掲載の「伊豆スピードウェイ」略図を見ると、場所は伊豆スカイラインの亀石峠ICにほど近い、一般道を挟んだゴルフ場の斜め向かい。
今ここにあるのは、日本サイクルスポーツセンターだ。日本競輪選手養成所を併設する、自転車競技のメッカである。こちらの略称は「CSC」で、筆者が初めて訪れた1980年代から変わっていない。広いストレートと険しいワインディングを複合した「5kmサーキット」は、新型車の撮影・試乗会など自動車関係者にもおなじみだ。
話を60年代に戻すと、1962年(昭和37年)には日本初の本格的レーシングコース、鈴鹿サーキットが開設。
そして、時は1964年の春。高度経済成長によるモータリゼーションの急速な進展を背景に、鈴鹿に続けと日本各地に第2、第3のサーキット建設計画が持ち上がっていた。そのひとつが伊豆スピードウェイだったのだ。
「アジアレース(株)では、かねてから伊豆地方へ総合遊園地を兼ねたレース場をプランニングしていたが、来る5月からいよいよ本格的な進行のはこびを見るに至った」
(driver1964年5月号・文中より)
30度バンクがあったころの富士に匹敵する大スケール
レーシングコースは「幅員30mの1周約6km」。
フルコースの全長は当時の鈴鹿とほぼ同じだが、(現在は約5.8km)、鈴鹿は幅が現在でも最大16mしかない。
この点を考えると、あの30度バンクがあったころの富士スピードウェイに匹敵する大スケールである(現在のFSWは全長約4.5km、幅15~25m)。
「名称は『伊豆スピードウェイ』として明年8月頃には完成される予定だが、観光地伊豆に一大名物が一つ加わることになる。現地までは東京から約150kmで、(中略)各温泉地にも至近という立地条件は、数10万の大観衆を動員する<モータースポーツ>人口に、大いに重宝がられるであろう――と、主催者側も気をよくしている」
(driver1964年5月号・文中より)
第1次計画の工期は10ヵ月。コース設計は「茨城県谷田部の高速自動車テスト場を設計した、技術開発(株)の井上技師が中心となって進められる」とあるから、建設計画は相当な段階まで進んでいたに違いない。
しかしながら、モータースポーツのためのサーキットは結局幻と消えた。一方、ほぼ同じ時期に別の推進派が富士山麓に立てた建設計画は、くしくも「富士スピードウェイ」として実現することになる。
開設は1966年(昭和41年)1月。
このスピードウェイと言う名前、富士スピードウェイ(株)の前身が日本ナスカー(株)だったことでもわかるように、当初はアメリカ型のストックカーレース開催が目論まれていた。
そのオーバルコース構想の名残だ。「伊豆スピードウェイ」もそうした青写真だったのだろう。ちなみに、1997年(平成9年)にオープンしたツインリンクもてぎのオーバルコースも、名前は「スーパースピードウェイ」である。
東京2020の自転車競技は2つの「スピードウェイ」で
そして半世紀。静岡における2つの“スピードウェイ”は、再び不思議な縁でつながった。
CSCとFSWがともに2020年東京オリンピックの自転車競技会場に選ばれたのだ。CSCはまさに5kmサーキットでMTB、屋内のベロドームではトラックレースが開催予定。FSWはロードレースの最重要拠点になる。
ただ、コロナ禍で1年延期となった2021年には、いったいどうなっていることやら……。
また「伊豆スピードウェイ」の顛末については、国会図書館などでさらに調査をする予定だったが、コロナ禍による休館でそこには至れていない(編集部註:7月現在は抽選予約制による入館制限となっている)。今後、興味深い新事実が判明したら、再びお伝えしたいと思う。
ちなみに、driver1964年5月号・文中にある「茨城県谷田部の高速自動車テスト場」は、当時完成間近だった日本初の高速周回路──のちに「ヤタベ」の愛称で知られる(財)自動車高速試験場、現在の日本自動車研究所(JARI)だ。
この建設には20の候補地が挙げられたが、そのリストには静岡県駿東郡小山町、つまりFSWが建つことになる地名もあった。これもまたオーバルつながりの奇妙な縁だろうか。
レポート●戸田治宏 写真●八重洲出版『driver』/Tokyo 2020 編集●モーサイ編集部・上野