第二次大戦前まで主に欧米各国で発展した経緯もあって、世の中の多くのモーターサイクルは欧州語や英語の名前が与えられています。一方、戦後急速に発展した日本のモーターサイクルのなかには、日本語由来のモデル名がちらほらあったりします。当記事では、その代表的な日本名のモデルをいくつか紹介いたします!
一番最初の例は?
戦前の黎明期から戦後の1950年代、日本のメーカーの多くはメーカー名をそのままモデル名に使うことが少なくありませんでした。それゆえに日本名の車両も多かったわけですが、生き残り競争が厳しい時代でもあっただけに1モデルだけ作って消滅……というメーカーも多かったです。

1960年陸王RX750。”和製ハーレー”を作っていた陸王モーターサイクル(旧陸王内燃機)もモデル名にメーカー名が付けられていました。写真のRX750は、栃木県の浅間記念館の収蔵車。
社名と関係ないモデル名としては、1950年代のホンダ「ベンリイ」やスズキの「コレダ」など、いわゆるダジャレっぽい造語系がありました。便利からの連想であるベンリイは、最新の電動実用車の「ベンリィe:」にも継承されています。

1955年ホンダ・ベンリィJC型。1953年登場のベンリィJ型(90cc)に端を発するベンリィシリーズの4代目にあたるJC型(125cc)。前身のJB型と比べ若干のパワーアップ(4.5ps→7ps)を果たしている。
バイクはこれだ!! という言葉がルーツのコレダは、スズキが輸出市場に打って出た時期に、疫病の「コレラ」を連想させる……という理由で輸出市場向けには引っ込められることになりました(余談ですが1996年には、コレダスポーツ/コレダスクランブラーが国内で販売されましたね)。

1996年スズキ・コレダスポーツ50。ビジネスバイクのK50でにスポーティーな外装を装着したコレダスポーツ。写真の黄色のほかにも青や銀色の車両も併売していました。
現在の4大メーカー体制が固まりつつあった1960年代以降、車名(ペットネーム)として昔からあった日本語の名詞を使った最初の例は、カワサキの250A1サムライ(1966年)でしょう。当時のロードレース界で流行した2ストローク・ロータリー ディスクバルブ式の2気筒エンジンを搭載する250A1サムライは、高性能な250ccスポーツバイクとして輸出市場でも高く評価されました。

1966年カワサキ250-A1サムライ。1960年代の250スポーツ車として4メーカー中最後発となった2ストローク2気筒車のA1。ただし、最高出力はクラス中最高峰となりました。
なぜカワサキがサムライという名を採用したのかは不明ですが、新渡戸稲造の「武士道」や黒澤明の時代劇映画などを通して、海外でもサムライという言葉は当時すでにある程度は浸透していたと思われます(当然、海外市場のリサーチをカワサキはしていたわけでしょうし)。
→次のページ:某S社は和名がお好き?
1
2