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バイクやクルマのレーサーは「危険職」?
白熱した接近戦やスリリングなシーンが観るものを魅了するモータースポーツは、常に危険をはらんでいるのも事実。
中でもバイクレースは常に「転倒」というリスクが付きまとうため、他のスポーツと比べてケガをする可能性が圧倒的に高いと言えます。
近年では「ライダー用エアバッグベスト」や「エアバッグ内蔵型レーシングスーツ」などの安全装備の普及が進んでいるものの、それでもダメージを完全に防ぎきることはできません。
そこで大事なのが、生命保険や傷害保険などといった万が一が起きた際の補償。
しかし、バイクやクルマのレーサーは「危険職」に当てはまるため「そもそも保険自体に入れないのでは?」という疑問が思い浮かぶ方も多いのではないでしょうか。
そこで本記事は、実際にバイクのロードレースをしていた筆者の体験談をもとに、レーサーの保険事情やリスク管理についてご紹介していきます。
ケガをすると労災や休業補償が受けられないため自分でリスク管理をすることが重要
ケガをした時に一番の痛手となるのが普段の仕事やお金の問題。
MotoGPやWSKなど、世界選手権クラスに参戦するライダーともなると、スポンサーから契約金が支払われるプロのライダーとなります。契約内容はチームや選手によって異なるため一概には言えませんが、多くのライダーが年間契約の年俸制となります。
こういった選手がもしレースでケガをすると、成績が残せず去就に関わるという大きな問題が生まれますが、すぐに金銭的に困るということはないでしょう。
しかし、このようなライダーはほんの一握り。
それ以外のライダーは普段は会社員として働いていたり、自営業でお店や会社を経営していたりと、本業を抱えながらレースに参戦する「プライベートライダー」になります。
そしてプライベートライダーがケガをすると、生活や仕事に大きな支障をきたしてしまいます。
ちなみに筆者は会社員として働きながらレース活動をしていました。
基本的に「地方選手権」は土日に行われるため時間的な問題はありませんでしたが、「全日本選手権」にステップアップすると、平日にテスト走行が行われたり、レースウィークが金曜日から始まったりするため、有給を使っての参戦となります。
しかしレース参戦に有給を使ってしまうと、いざ病気やケガなどが起きた際に会社を休めない事態が起こります。
もし有給が残っていない状態で会社を休むと「欠勤」扱いとなり、休んだ日数分の減給や昇給額が減ることになります。
もちろんレース活動でのケガは私生活で起こしたことになるため、労災や休業補償なども一切ありません。
さらに、突発的な有給は周りの人にも迷惑をかけてしまうため、一部の上司や同僚からの目線は冷ややかなものになります。
ちなみに、大手メーカー製作所や研究所の社内チームになると、8耐のみ「会社行事」として認められる「仕事扱い」になります。それ以外のレース(全日本選手権や地方選手権)は、ライダーもメカニックも全員有給を使っての参戦となります。
このように、プライベートライダーはケガをすると、身体的だけではなく金銭的にも社会的にも大きな痛手を受けます。
せめて金銭的ダメージだけは最小限に抑えたい……。そこで考えるのが、生命保険への加入です。
保険会社によっては保険金が支払われないことも
ただし、大手の民間保険会社(アフラックや損保ジャパンなど)では、保険自体に加入できるものの、レースでのケガに対しては保険金が支払われないこともあります。
プライベートライダーの場合は本業が「テストライダー」や「スタントマン」などの危険な職業には当てはまらないので、保険自体には加入できますが、保険規約には「バイク等での競争行為(その練習も含む)中の事故等は補償の対象外」と記載されているためです。
保険金の請求時に「階段から落ちてしまった」など別の理由を作れば保険金を受け取ることもできますが、さすがに虚偽の申請をすると今後その保険が一切利用できなくなるため、そこまではできません。
また、バイクの任意保険でも保険料は支払われません。これは「公道」ではなく「私有地」であるサーキットでの事故は補償外であるためです。
レースでの事故にも支払われる保険は存在する
では「レーサーは無保険でレースを戦わなければいけないのか?」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。
ほとんどのサーキットでは、走行ライセンスを取得する際に「共済会」に加入することになります。また、レースに参戦する際の競技ライセンスを取得する時も、自動的に「スポーツ安全協会」に加入します。
そのため、レースに参戦する時は、自動的に2つの保険に加入することになります。
また、大手民間保険会社ではなく「こくみん共済」や「県民共済」など共済系の保険は、レースでのケガでも保険料がきっちり支払われます。
筆者はこの2つの共済保険の中でも、特に入院・通院補償が手厚いプランに加入していました。
さらに筆者は在住地域の「中小企業共済協同組合」が運営している傷害保険にも加入していました。これはメカニックの知人がその保険会社の営業マンで、レースでのケガでも保険が支払われるように融通を効かせてくれていたからです。
このように、
● サーキットでの保険
● こくみん共済
● 県民共済
● 中小企業共済協同組合の傷害保険
と、いくつもの保険を組み合わせることで、万が一の時にまとまったお金が入ってくるようにしていました。
リスク管理があってこそ継続してレースが続けられる
ケガをして仕事ができなくなると、身体的にはもちろん、金銭的にも社会的にもダメージを受けてしまうのがレーサーのリアル。
地方選手権時代は大きなケガをすることはありませんでしたが、全日本選手権にステップアップすると、骨折の頻度が高くなりました。
ただ、その時保険に入っていたおかげで、金銭的に大きな痛手となることはほとんどありませんでした。
それどころか、むしろケガをすることで臨時収入が得られる機会になっていました。
全日本開幕戦の事前テストではハイサイドで転倒し、恥骨(骨盤の一部)にヒビが入ったことがあります。
このケガは日常生活に支障をきたすほどではなかったものの「一応申請だけでも」という感覚で保険金の請求をしてみました。すると保険会社での傷病判断が『骨盤骨折』という重症扱いとなり、思いもよらぬ金額が振り込まれることに。
また、鎖骨を骨折して手術をした時は、術後に通院しやすい病院を紹介してもらい、通院費が満額手に入るように調整しながら通い、できる限りたくさんの保険金が手に入るようにしていました。
このように、骨にヒビが入る程度の軽度のケガはむしろラッキー。臨時収入として考えてしまうのは、プライベートライダーあるあるの話なのかもしれません。何せ数万から十数万円のお金が入ってくるわけですから。
一見華やかに見える世界ですが、レースは常に危険が付きもの。
今回ご紹介したように、保険会社によっては敬遠されてしまうこともありますが、レースでのケガにも対応してくれる保険も確かに存在します。
アマチュアレーサーはそれらの保険を上手く使い、できる限りのリスク管理をしながらレースを戦っているのです。
レポート●モリバイク 写真●ホンダ/柴田直行 編集●モーサイ編集部・中牟田歩実