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バイクのエンジンは燃焼により発熱する装置
ガソリンエンジンは(以下単にエンジンと表記)、日本語では「内燃機関」とも記されますが、文字通りに内部で化石燃料を燃焼させることでエネルギーを得ている装置です。つまり発熱はエンジンを動かす以上必然のものであると言えます。
しかし、エンジンは化石燃料が持つ熱エネルギーをすべて利用できているわけではありません。四輪のハイブリッド車に使われているエンジンは、モビリティに利用するものとしては、もっとも高効率な部類となりますが、それでも最大熱効率は40%を超えるくらいのレベルにとどまります。
さらにいうと最大熱効率というのは、高負荷領域における熱効率(仕事量)であり、アイドリングや日常域での低負荷領域では、冷却や排気による損失が大半となってしまうため、熱効率の数値は小さくなります。エンジンによっても異なりますが、量産ガソリンエンジンの日常的な走行状態での熱効率は15~25%程度でしょう。このあたり詳しく知りたい方は「熱勘定」で検索するといいでしょう。
動力になる燃料エネルギーはたったの2〜3割
つまり、燃料の持つエネルギーの多くは仕事(車両の動力)に使われず、放出されてしまいます。排気として放出されるのが3~4割ほど。エンジン本体を熱くするのが2~3割程度といったイメージでしょうか。
前置きが長くなりましたが、それほどエンジンは発熱量が多いので、適度に冷却する熱管理というのは重要なファクターです。そして正解はひとつではない奥が深い世界でもあります。ご存知のようにバイクの冷却システムには大きく分けると「空冷」、「水冷」、「油冷」と3つの方法が存在しています。それぞれにメリット、デメリットがあるからこそ3つの方式が共存しているともいえます。
「空冷」は走行風でエンジン表面を冷やす方式
もっともシンプルなのが空冷です。文字通り、空気によって冷やすという方式で主にエンジンブロック表面に放熱フィンを設けることで大気に熱を放出するという仕組みです。
メリットは構造がシンプルで済むことです。後述する水冷・油冷はいずれも液体の熱を大気に放出するパーツであるラジエターが必要となりますが、空冷にはそうしたパーツは不要ですからコストダウンにもつながります。そのため原付など低コストが求められるモデルでは空冷が多い傾向があります。
一方で、クラシカルな雰囲気を前面に押し出したモデルではむしろ空冷エンジンをセールスポイントとしていることがあります。空冷用フィンを魅せるデザインとしているエンジンは、ある種の美しさを有しているからです。
空冷エンジンのデメリットは温度管理が難しいことです。とくに昨今のように排ガス規制が厳しくなると燃焼室を最適な温度に保つ必要が出てきたりしますが、空冷はどうしても外的環境に左右され、なりゆきで冷やすことになってしまうため適正温度を維持するのが難しく、結果として排ガス規制をクリアできないということになってしまいます。伝統的な空冷エンジンを積んだモデルが軒並み生産終了となっているのには、そうした背景もあります。
3つの方式の中で比べると、絶対的な冷却性能について空冷式は劣ります。ファンによって強制的にエンジン周囲に空気を送り込む強制空冷式のスクーターなどは別として、停車していると燃焼室周りにどんどん熱が溜まってしまうため、オーバーヒートのような状態になってエンジン性能が十分に発揮できなくなることが多いのは、空冷式の欠点といえます。
「水冷」は冷却水が循環して燃焼室付近を冷やすのが基本
水冷式エンジンというのは、シリンダーなどに水の通り道といえるウォータージャケットを設けたエンジンのことをいいます。そこを冷却水で満たしたうえで、冷却水の熱を大気に放出するためのラジエターを別途用意することで不要な熱を管理するというシステムです。
空冷式に対するデメリットはラジエターやウォーターポンプなどのパーツが必要になるためコストアップすること。また冷却水の分だけ重くなるのもマイナスポイントです。原付などの小排気量車では、高価格化と重量化を避けるため、あえて水冷を選ばないということもあります。
対して水冷式最大のメリットは、温度管理が正確にできることでしょう。ウォーターポンプで冷却水をラジエターに送り込めますし、水温についてはサーモスタットで適温になるよう冷却水の流れをコントロールできます。ラジエターに電動ファンを備えておけば停車時の熱管理もしやすくなります。
このようなメリットから、中型以上のバイクでは水冷エンジンが主流となっています。
なお、大きな欠点とはいえませんが、ウォータージャケットはシリンダーの壁面にしか設けることができません。そのため燃焼室周辺の冷却が主な役割となります。エンジン内部のクランクシャフト付近の熱については水冷では対応できません。高性能エンジンでは、別途オイルクーラーを用意するなどしてエンジンオイルを冷やす必要もあります。
ちなみに、水冷エンジンはエンジンからの熱気がすごいのが欠点だと経験則で感じているライダーは多いかもしれませんがが、冒頭で記したようにエンジン出力と同じくらいの熱量を冷却するという熱勘定の基本は冷却方式では大きく変わりません。むしろ発熱の多いハイパワーエンジンを造ろうとすると空冷では対応できず、水冷になるため結果として熱気がすごくなるだけで、冷却方式の違いと考えるのは適切ではないといえます。
「油冷」はエンジンオイル自体を冷やす
さて、水冷エンジンでも場合によってはオイルクーラーが必要であるならば、最初からエンジンオイルを冷やすだけでエンジン冷却のすべてをカバーするようにすれば冷却系のシステムもシンプルになり、水冷に比べて単純な構成により、軽量化やコストダウンを可能にしつつ、と空冷に比べて高い冷却能力を同時に成立させられるのではないか……という考えから生まれたのが油冷という冷却方式です。
そもそもエンジンオイルの役割には潤滑のほかに冷却という要素もありますからオイルによるエンジン冷却というのは理にかなっています。さらにエンジンオイルを積極的に冷やしていけば、そもそもの潤滑性能も高いレベルが維持できるので一石二鳥というわけです。
さらに、冷却水はせいぜい車検ごとの交換でいいのですが、エンジンオイルはもっと短いスパンで交換するので、車両コストは下げられてもユーザーの継続的な負担は大きくなりがちです。
油冷エンジンは2008年に生産を終了したスズキ GSX1400を最後に、10年以上国内の新車バイク市場から姿を消していたものの、2019年の東京モーターショーで発表されたスズキ ジクサー250/SF250へ新型油冷システムSOCS(スズキオイルクーリングシステム)の採用が発表され、復活しました。
もっとも、新型油冷システムSOCS(スズキオイルクーリングシステム)の構造は、これまでの油冷システムとは異なるものとなっています。従来のようにオイルを燃焼室の外側へ噴射して冷やすのではなく、シリンダーヘッドまわりを中心に冷却回路(ウォータージャケットならぬオイルジャケット)を這わせ、そこをオイルが循環することでエンジンを冷やしているのです。
従来の油冷システムと構造が変わったことに加えて、単気筒の小排気量車ということもあり、スズキ ジクサー250/SF250に必要なエンジンオイル量はそこまで多いわけではありません。ジクサーシリーズ以外に例がないので一般論にはできませんが、排気量の小さいエンジンであれば、油冷のコストメリットが享受しやすいといえるかもしれません。
暑さへの耐久力では水冷に軍配
さて、夏に強い冷却システムということで考えると、電動ファン付きの水冷エンジンがベストといえます。
また、大きなパワーを出すためにはただ単純に冷やせばよいというものではなく、一定のオペレーティング温度を保って燃焼室内の温度を安定させる必要があります。そういった意味でも、冷却性能が外部要因に左右されにくい水冷は優れているといえます。
さらにいえば水冷は、年々排ガス規制が厳格化されている現代の事情に即した冷却方式であるともいえます。燃焼室内の温度が低すぎるとガソリンが適切に気化されないため、排ガス規制の規制対象である炭化水素を大量に排出してしまいます。逆に燃焼室内の温度が高すぎると、今度は同様に規制対象である窒素酸化物を大量に排出してしまうのです。燃焼室内の温度が一定であるということは、排出する物質の品質も一定になるということなので、排ガス規制に適合させるためには、水冷エンジンを採用するのが最も都合がよいのです。
ただし、原付のようなローパワーエンジンであれば空冷でも十分にカバーできますから、単純にどの冷却方式が優れているというのではなく、ケースバイケースで考えるべきだともいえるのではないでしょうか。
レポート●山本晋也 写真●ホンダ/スズキ