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「19インチだけじゃない」ホンダ GB350のしなやかハンドリングはいかにして実現したのか【開発秘話 車体編】

GB350 ホンダ

GB350がスポークホイールを採用しなかった理由

近年の2輪市場では、旧車の魅力を現代の技術で再現したネオクラシックモデルが数多く販売されている。2021年4月からホンダが国内市場に投入したGB350も、そのジャンルに該当する車両だが、過去に同社が手がけたネオクラシックモデルと比較すると、ルックスもエンジンも車体も、明らかに旧車感が上がっているような……?

その実情を知るべく、埼玉県朝霞市の研究開発部門を訪れて、つくり手にインタビューを行ったのは、フリーランスの僕、中村友彦と、モーサイwebでGB350日記を連載中の柴田直行カメラマン。当原稿では車体設計の井口貴正さんに聞いた、開発秘話を紹介しよう。

車体設計を担当した井口貴正さんは、1985年生まれの37歳で、入社は2007年。これまでに関与した機種は、CBR250Rやインド市場向けの多種多様なコミューターなど。現在のメインの愛車はGB350。

最初の質問はデザインについて。広報資料では、ダウンチューブ/スイングアームピボット上部のパイプ/リアショックが描く平行ライン、それらを対称の角度で受けるフロントフォーク、車体の上下を分ける水平ラインを意識したと記されているが、実際にGB350を開発するにあたって、何か参考にしたモデルはあったのだろうか。

GB350の開発陣は多方面から旧車の魅力を解析。平行ラインと水平ライン、三角形を意識することで、安定感のあるシルエットを構築。

井口さん「参考と言うなら、世界中のすべての旧車が参考です(笑)。開発初期の段階では、雑誌やインターネット、さらにはツインリンクもてぎのコレクションホールに出かけて、いろいろな旧車をじっくり観察しましたから。広報資料に記した要素以外で我々が重視したのは、ヘッドライトの高さ位置とガソリンタンク前端のラインです。この2つもバイクの佇まいを左右する要素で、ヘッドライトは理想的な位置を検討した結果、最終的には1970年代の車両と同等の高さ位置関係……タンクシームラインとヘッドパイプ下端高さに対するヘッドライト位置に合わせることになりました。ガソリンタンク前端のラインは、インド市場の要求に応える十分以上のハンドル切れ角を確保しつつ、ステアリングステムに近づけること、サイドビューでフレームのヘッドパイプスティフナーが露出しすぎないように形状を決定しています」

旧車的な佇まいを多分に意識しながら、スポークホイールを採用しなかったのはどうしてなのだろう。

井口さん「造形の自由度、バネ下重量の軽量化、剛性の最適化、パンク修理の容易さなどを考慮した結果です。この種のバイクではスポークホイールを期待する人も多いのですが、我々はお客様に納得していただけるキャストホイールを作る自信がありました。中でも剛性の最適化は重要で、適度な『しなり』を備えたフレームとのマッチングという面では、狙い通りの剛性がきっちり出せるキャストホイールが不可欠でした」

ヘッドライトの下端は、ガソリンタンクシームの交点とヘッドパイプ下端点を結ぶラインの延長線上に設置。
ガソリンタンクがフレームのヘッドパイプを覆うような形状であるにも関わらず、ハンドル切れ角は左右43度を確保。

フロント19インチの美点を活かすフレーム

リヤタイヤはGB350が18インチ、GB350Sが17インチだが、フロントタイヤはいずれも19インチ。タイヤサイズは100/90-19。

続いては車体とハンドリングの話。GB350のフロントタイヤは19インチだが、近年のネオクラシックモデルで採用が増えている18インチは検討しなかったのだろうか。ちなみに僕はタイヤに関して、少し前のモーサイwebに掲載したブリヂストンBT-46のテスト記事で、スタンダードが履くダンロップGT601は、安定性を重視したチューニングが行われているに違いない……と記したものの、GB350用としての専用設計は行っていないそうだ。

井口さん「このバイクに関しては、当初からフロント19インチならではのジャイロ効果と心地いい舵角の付き方が重要なテーマでしたし、インドでの未舗装路走破性の観点もありましたので、フロント18インチは検討していません。旧車に興味がない人にとっては大差ないかもしれませんが、19と18は別物ですからね。ただし、前輪のサイズと並んで操安性能に多大な影響を及ぼす、フレームのヘッドパイプ下端高さはかなり入念に検討しました。地面からヘッドパイプ下端までの寸法は、傾向として1960年代は800mm、1980年頃は750mm近辺が主力だったのですが、GB350ではその範囲でいろいろな高さを試して、最終的には770mmという数値を採用しています」

セミダブルクレードルタイプのスチールフレームは、フロント19インチの美点を活かすことを念頭に置いて開発。
新規開発した空冷単気筒の造形を際立たせるため、車体設計はエンジン周辺で引き算の法則を意識。黒子となる部品の選定やスペースの確保など、一般的なバイクとは異なる考え方が必要だった。

ちなみにフロントフォークオフセットは、現行モデルの30~35mm前後よりは多いけれど、一般的な旧車よりはやや少な目となる、45mmという数値を選択している。

井口さん「ハンドル切れ角確保と操舵特性のバランスからくる設定です。50mmにすると操舵慣性が大きくなって、舵の付き方が狙いと異なってくるので、45mmに落ち着いたんです」

セミダブルクレードルタイプのフレームで興味深いのは、同様にシングルエンジンのCB400SSに対して、ねじれ剛性を29%も低く設定したこと、あえて上部エンジンマウントを設けなかったこと、スイングアームピボットプレートをインナー式としたことなど。

井口さん「開発当初はCB400SSと同じ構成のフレームもテストしましたが、エンジン上部にマウントハンガーを設置して、スイングアームピボットがアウター式という構成だと、どうしても剛性が高く、操舵に対する反応がクイックになりすぎて、フロント19インチならではの『タメ感』が得られないんですよ。だから現状の構成を採用したわけですが、それだけでは十分ではなかったので、フレームのトップチューブとダウンチューブに、適度な『しなり』を許容するフレキシブルエリアを設けています。もっともフレームのしなりは、場合によっては弱さや怖さに結びつくことがあるので、このモデルでは各部のガセットやプレートの工夫で、しなりが穏やかで均一になるように調整を行っています」

広報資料には、フレームのヘッドパイプからエンジンマウントまでの距離をできるだけ長く設定したと記されている。これはフレキシブルエリアの確保のためだろうか。

井口さん「それに加えて、完成車重心を下げるという目的の方が主になります。乗り手が積極的に左右に体重移動するのではなく、乗り手が車体のセンターに座ってお尻で曲がるこの種のバイクは、重心が高いと気持ちよく走れないですから。なおインナーピボットフレームに関してはエンジンの造形をキレイに見せたいという狙いもありました。リヤタイヤが旧車のように100や110mm幅なら、アウター式でも問題ないのですが、GB350の場合は130と150mmですから、アウター式にすると、どうしてもピボットプレートの存在感が強くなりすぎてしまうんです」

素人目には同じように見えるけれど、左のGB350(車名はインド向けのCB350となっている)と、右のCB400SSのフレームは完全な別物。
ヘッドパイプ後部のガセットは、丸型から角形に変化。エンジン後部マウントやメインパイプとシートレールの接合部に備わるプレートも、形状は入念な検討が行われた。
フレームの適度なしなりを許容する「フレキシブルエリア」の設定は、現代のMotoGPレーサーに通じる手法と言えなくもない。
GB350のスイングアームピボットはホンダでは珍しい内支持式。ちなみに1990年代後半~2000年代前半のホンダは、スイングアームピボットに関していろいろな模索を行っていたが、最終的にはオーソドックスな外支持式がベストという結論になった模様。

CB750フォアに通じる要素

すでにいろいろな媒体が報じているように、GB350の車体には、1969年に登場したCB750フォアに通じるところがある。まずディメンションに注目すると、GB350のキャスター角/ホイールベースは27度30分/1440mmで、CB750フォアは27度/1455mm。そして「殿様乗り」と表現したくなるライディングポジションも、GB350とCB750フォアはよく似ているのだ。

井口さん「そのあたりはインドの市場特性を反映したためで、決してCB750フォアに寄せたわけではありません。世の中には350ccシングルに対して、軽快でヒラヒラしたイメージを持つ人もいますが、未舗装路が多く、350ccシングルがある種のステイタスになるインドでは、車体の安定性と堂々した乗車姿勢が必要になるんですよ。もっとも完全にインド市場に注力したかと言うと、必ずしもそうではなく、我々は日本でツーリングを楽しめることも多分に意識して、このバイクを開発しています」

確かにGB350は日本の道路との相性も良好で、実際にロングツーリングに使った僕は予想以上の悪路走破性と心身の疲労の少なさに感心した。中でも特筆したいのはライディングポジションで、自然に手を伸ばせばグリップが握れるアップタイプのハンドル、メイン部の座面がフラットで前後方向の自由度が高いシート、膝の曲がりがほぼ直角になるステップ位置(悪路でのスタンディングが容易に行える)は、まったりペースのロングランに最適であると同時に、旧車の美点を再現しているかのように思えた。また、日本仕様で安易にシート座面を下げなかったことも、個人的には賞賛したい要素だ。

井口さん「乗車姿勢が旧車的でも、絞りが少な目で入力に対する反応が良好なハンドルはちょっと現代的ですし、シート形状とステップ位置はいろいろな体格のライダーを考慮した結果でもあります。シートに関しては、我々としては日本のお客様にも本来の快適性を味わって欲しかったので、あえて仕様諸元には手を加えませんでした」

一般的な量産車では世界初の並列4気筒車として、1969年からホンダが発売を開始したCB750フォア。
ディメンションと乗車姿勢に通じるところはあるけれど、GB350の装備重量はCB750フォアより50kg以上軽い180kgだから、当然、取り扱いは楽々で。

編集部註:なぜ「インド市場」という話題が出たのかというと、インドで現地生産・現地販売する主力車種として投入されたハイネスCB350が原型のため。ハイネスCB350は2020年後半にデビュー、その後、日本版として2021年4月に発売となったのがGB350である。なおGB350に関しては、日本の熊本製作所で組み立てとフレームや外装部品などの塗装が行われており、ハイネスCB350とは純正装着タイヤが異なる。

開発陣とユーザーの意思疎通

車体だけではなく、エンジンにも言えることだが、GB350は既存の常識に当てはまらない、独創的な思想と技術を随所に導入している。最高出力や車重といったわかりやすい指針が存在しない中で、開発陣が不安を感じることはなかったのだろうか。

井口さん「もちろん、わかってもらえるだろうか……という不安はありました。でも実際に市販が始まってお客様と話をしてみると、我々が意図したことがちゃんと伝わっていたんです。GB350は10個の目標が10個とも伝わっているという印象で、私にとってこんな経験は初めてです。もっとも私を含めた開発陣の多くが、開発中から自分の愛車として購入することを決めていたので、失敗することはないだろうと思っていましたが、日本でもここまでの支持が得られるというのは、予想以上の展開でした」

ところで、当記事では旧車的という言葉を何度も使っているけれど、井口さんの頭の中には何が何でも旧車的にしなくては……という意識はなかったそうだ。

井口さん「旧車の魅力をひとつひとつ分析したうえで、現代のバイクとして再構築する。つまりは『伝統と革新』の具現化というのがGB350の狙いですから、すべてを旧車的にしようという意識はありませんでした。いずにしても我々としては、現代のホンダ車としての扱いやすさを微塵も損なうことなく、旧車が備えていた普遍的な佇まいや美しさと操る楽しさを、現代の技術できっちり具現化できたと感じています」

ホンダ GB350主要諸元

[エンジン・性能]
種類:空冷4サイクル単気筒OHC2バルブ ボア・ストローク:70.0mm×90.5mm 総排気量:348cc 最高出力:15kW(20ps)/5500rpm 最大トルク:29Nm(3.0kgm)/3000rpm 変速機:5段リターン
[寸法・重量]
全長:2180 全幅:800 全高:1105 ホイールベース:1440 シート高800(各mm) タイヤサイズ:F100/90-19 R130/70-18 車両重量:180kg 燃料タンク容量:15L
[車体色]
マットジーンズブルーメタリック、マットパールモリオンブラック、キャンディークロモスフィアレッド
[価格]
55万円

編集部註:ホンダは報道陣向け試乗会、発表会などで配布する広報資料「FACT BOOK」を一般公開している。ご興味のある方はぜひ一読してほしい。
https://www.honda.co.jp/factbook/motor/GB/202103/?from=newslink_products

レポート●中村友彦 写真●柴田直行/ホンダ/八重洲出版 編集●上野茂岐


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