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音と振動の「解析」から生まれた鼓動感!ホンダ GB350開発秘話【エンジン編】

GB350 ホンダ

シンプルに見えるも、GB350の空冷単気筒は異端のエンジンだった!?

2021年4月から国内販売が始まったGB350は、従来のホンダの基準で考えると、異端のモデルである。もっとも、世間でそんなことを言う人はほとんどいないようだが、このバイクは過去にホンダが手がけたクラシックな単気筒車、GB400/500TTやCL400、CB400SSなどとはまったく異なるスタンスで開発されたのだ。

その詳細を知るべく、埼玉県朝霞市の研究開発部門を訪れて、つくり手にインタビューを行ったのは、フリーランスの僕、中村友彦と、モーサイwebで「GB350日記」を連載中のGBオーナー柴田直行カメラマン。
当記事ではエンジン設計の若狭秀智さんに聞いた、開発秘話を紹介しよう。

エンジン設計を担当した若狭秀智さんは、1983年生まれの38歳で、入社は2008年。これまでに携わった機種は、NC700/750シリーズやCB/CBR650、RC213VSなど。現在のメインの愛車はGB350S。

「ロングストローク型」ならではの美点

GB350の空冷単気筒エンジンで最も意外な要素は、70×90.5mmのボア×ストロークだろう。昨今のホンダではスーパーカブシリーズを筆頭とする小排気量車のロングストローク化が進んでいるものの、かつての同社はショートストロークで高回転高出力指向のメーカー……というイメージで、実際にCL400とCB400SSは85×70mmだったのだ。

そんなホンダが超ロングストロークな数値を採用した背景には、もしかするとインド・ロイヤルエンフィールドの350cc空冷単気筒(現行モデルは72×85.8mmだが、2020年以前は伝統の70×90mm)の影響があったのだろうか。

若狭さん「いえ。理想の特性を追求した結果です(笑)。もちろん、ロイヤルエンフィールドのボア×ストロークは把握していましたが、その数値を意識して開発したわけではありません。ちなみに私が調べたところ、70×90mmの起源はロイヤルエンフィールドの84×90mmの500ccモデルで、それを350cc化する中で70×90mmが誕生したと考えていますが、その84×90mmというのは、BSAなどでも採用されており、ロイヤルエンフィールドの専売特許というわけではありません。また、1930〜1950年代のイギリス車には71×88mmや68×96mmという値が多く、ボア70mmは極めて一般的な値です」

1950年代前半にイギリスで開発され、1955年からインドでのライセンス生産が始まったロイヤルエンフィールド ブリット350。
2001~2008年に販売されたCB400SSは、GB350の前任と言うべきモデル。エンジンはオフロード車のXR400Rがベース。

編集部註:なぜロイヤルエンフィールドとの対比が出てきたのか補足すると、GB350の原型モデルと言えるのが、インドで現地生産・現地販売されるハイネスCB350のため。ハイネスCB350は2020年後半にデビュー、その日本版として2021年4月に発売となったのがGB350である。なおGB350に関しては、日本の熊本製作所で組み立てとフレームや外装部品などの塗装が行われている。


ロングストロークの特徴と言ったら、充実した低速トルクと良好な燃費というのが昨今の定説で、2輪の場合は、息の長い加速や粘り強さを美点と表現する人もいる。設計者としては、このあたりをどう考えているのだろう。

若狭さん「そこは表現が難しいところで、ストロークが長いという要素だけを取り出して、エンジン特性を語ることはできません。と言うのも、ロングストロークはボアが小さい傾向なので、吸排気バルブのサイズも小さく、吸気通路の管径も細くなります。そしてエンジン下部に目を移すと、ストロークが長ければクランクウェブの半径が大きくなるため、慣性マスが大きくなります。また、そういうエンジンであれば、カムシャフトも自ずと低中回転域重視のプロファイルになるわけです。だから我々は、ロングストロークではなく、エンジンをトータルで見て、ロングストローク型と呼ぶことが多いです」

そう言われてみると確かに、ロングストロークにはセットで考えるべき要素が多いものの、若狭さんの説明する内容が前述した美点にどうつながるのだろうか。

若狭さん「美点に関しても、どこからどう語るかが難しいのですが、まず吸気管径の細さは回転が低い領域での流速の上がりやすさにつながるので、流速が速いことによる空気の勢いの効果を使って低回転域でたくさんの空気が吸えます。さらにストロークが長いとピストンスピードが速くなるので、この要素も空気の吸いやすさに加えて、空気と燃料の混ざりやすさにも貢献します。燃焼効率という点で見るなら、燃焼室の表面積を小さく、理想的な球形に近づけることができるというのが大きな美点でしょう。そして慣性マスの大きさは、エンジンの回り方を柔軟で穏やかにして、回転を落ちにくくします。こういった要素の相乗効果として、ロングストローク型のエンジンは低速トルクと燃費という面で、良好な資質を得やすいんですよ」

ビシッと直立しているように見えるものの、実際のシリンダーは2度前傾。右側クランクケースカバーは、往年の英車のプライマリーチェーンケースを思わせるデザインだ。

クリアな「鼓動感」はいかにして実現したのか

続いては鼓動感の話。GB350の広報資料に記された「不快な振動を最少化することで、クリアな鼓動感を獲得」という言葉を見たとき、正直言って僕は「そんな都合のいいことができるのか?」と思った。とはいえGB350は確かに、広報資料通りの特性を実現していたのだ。

若狭さん「そもそも鼓動感は、定義付けが難しいものですが、開発チームはいろいろな角度からの研究を経て、鼓動感は音と振動に分解できる、という見解を持つようになりました。では音と振動がどんな周期で発生すれば、乗り手が心地いいかと言うと、やはり同じタイミングがベストです。もちろん4ストローク単気筒の場合は、1回の燃焼でクランクが2回転し、ピストンの上下動による振動が音の倍の周期で発生するので、音と振動のマッチングを図るために、バランサーが必要になります」

現代の単気筒では必須アイテムとなったバランサーが、本格的に普及し始めたのは1980年代からである。旧車的なフィーリングを求めるなら、あえてバランサーを採用しない、という選択肢はなかったのだろうか。

若狭さん「バランサーを装備しない昔の単気筒は、確かに、鼓動感が濃厚な機種が多いですよね。ただし、過剰な振動という意味での雑味が強く、それはGB350が目指す特性ではありませんでした。なおバランサーに関しては、1980年に登場したCB250RS系を除くと、当社の単気筒は基本的に1軸式ですが、GB350の場合その方式では理想的な特性が得られなかったので、クランク前部のバランサーシャフトに加えて、ミッションのメインシャフトにウェイトを配置する、同軸バランサーを採用しています」

変則的とはいえ、2軸式バランサーを採用したGB350に対して、とにかく振動を消したかったのだろう……と、感じる人は多いと思う。とはいえ若狭さんの狙いは、振動をゼロにすることではなかったようだ。

若狭さん「振動にはいろいろな種類があって、私が鼓動感として残したかったのは燃焼と同じ周期の振動、リヤタイヤが路面を蹴る感触で、私達はこれを0.5次振動と呼んでいます。そして0.5次振動は、低回転域では比較的感じやすいのですが、回転数が上がるとピストンの上下動で発生する1次振動がどんどん大きくなって、0.5次振動を食いつぶしてしまうんです。この問題を解消するのがGB350に導入した2つのバランサーで、1次振動は全域で抑えつつ、0.5次振動は意図的に残しました」

クランク前部の1次バランサーは、1980年代以降の単気筒ではオーソドックスな配置。ただしGB350は、ミッションメインシャフトのプライマリーギアの内側に、革新的な技術となる同軸バランサーを設置。

振動の話が長くなったけれど、鼓動感を形成するもうひとつの要素、排気音を演出するエキゾーストシステムに関しては、どんな意識で開発したのだろうか。

若狭さん「鼓動感の源になる音には、重厚感とパルス感の2種類があります。GB350の場合、重厚感を生み出す主役は太めのテールパイプで、パルス感にはシンプルな1室構造のマフラーが貢献しています。このパルス感に対するチームのこだわりとしては、消音という面では3室や4室構造のほうが有利ですが、エンジンから出た排気の圧力をなるべく抑制しない、できるだけダイレクトな排気音を実現したかったので、近年のバイクでは珍しい1室構造を採用しました。なお音と振動に加えて、駆動系の緩衝も鼓動感を語るうえでは欠かせない要素で、クラッチとリヤホイールのハブダンパーは、柔らかすぎず、硬すぎず、という意識を持って、かなり緻密な調整を行っています」

排気系の構造はオーソドックス。エンジンの燃焼効率が優れているため、キャタライザーは小排気量車用と同等サイズで対応できた。
マフラーはシンプルな1室構造。ただしトータルでの騒音を抑えるため、エンジン本体のメカノイズ低減にはかなりの気を使ったと言う。
現代のバイクの場合、リヤホイールのハブダンパーは加速用と減速用の比率を7:3前後にすることが多いものの、鼓動感の伝達を重視したGB350は5:5に設定。

編集部註:ホンダは報道陣向け試乗会、発表会などで配布する広報資料「FACT BOOK」を一般公開している。ご興味のある方はぜひ一読してほしい。
https://www.honda.co.jp/factbook/motor/GB/202103/?from=newslink_products

エンジンの外観も「クラシックな佇まいを意識」

話を振動に戻すと、2軸式バランサーはもっとシンプルな手法、例えばCB250RSやNC750Xなどのように、クランクの前後にバランサーシャフトを設置するという方式でもよかったのではないだろうか。

若狭さん「ダメではないですが、GB350の場合はクラシックな佇まいの一環として、平べったいクランクケースを実現したかったので、バランサーの追加でクランクケースがいびつな形になることは避けたかったんです。実はこのバイクはそういう要素が多くて、オフセットシリンダーと前後非対称コンロッドは、シリンダーの前後に伝統的な車両を思わせる適度な空間を設けるため、リードバルブを用いた密閉式クランクケースは、理想的なスタイルを崩さずに背が高いロングストロークエンジンの収まりをよくするため、と言えなくはありません」

それは意外な発言である。広報資料には、オフセットシリンダーと前後非対称コンロッドは摺動抵抗低減のため、密閉式クランクケースは最低地上高とオイル容量の確保、撹拌抵抗低減のため、と記されているのだが……。

GB350のボア×ストロークで大きくシリンダーをオフセットすると、コンロッドとシリンダー下端が干渉する。それを解消する手法として、前代未聞の非対称コンロッドが生まれた。
摺動抵抗低減という大前提はあったものの、シリンダーを前方に10mmオフセットした背景には、エンジン側面から見た際のバランスを整えたい……という狙いもあった。

若狭さん「もちろん、そういった機能面での美点のほうが大事ですよ。とはいえクラシックな佇まいという意識がなかったら、GB350の特徴的な技術のいくつかは、採用しななかったかもしれない……という気はしますね」

ここまでの文章を読んでいただければ、冒頭で述べた異端のモデルという言葉に、多くの人が納得しているのではないだろうか。ただし実際にGB350を走らせて、異端という印象を抱く場面は皆無で、いろいろな場面でロングストローク型の美点とビッグシングルならではの鼓動感が満喫できるのだから、若狭さんが取り入れた独創的にして革新的な手法は、見事に実を結んでいるのだ。

若狭さん「実際に自分がGB350Sのオーナーになって、慣れ親しんだ峠道を走って感心したのは、馬力の低さがほとんど気にならないことですね。決して速くはないですが、どんな領域でも燃焼状況が良好で、トルクを有効に使えるので、物足りなさを感じないどころか、意外に速いペースで走れる。自分で言うのも何ですが、常用域が心から楽しめる、面白いエンジンが出来たと思います(笑)」

シリンダー前後の空間に注目していただきたい。こういう部分にこだわったバイクは、日本車では相当に珍しいんじゃないだろうか?
リードバルブを用いた密閉式クランクケースは、モトクロッサーのCRFシリーズで培った技術の転用。一般的なウェットサンプのエンジンと比べると、下方への出っ張りが抑えられる。

ホンダ GB350主要諸元

[エンジン・性能]
種類:空冷4サイクル単気筒OHC2バルブ ボア・ストローク:70.0mm×90.5mm 総排気量:348cc 最高出力:15kW(20ps)/5500rpm 最大トルク:29Nm(3.0kgm)/3000rpm 変速機:5段リターン
[寸法・重量]
全長:2180 全幅:800 全高:1105 ホイールベース:1440 シート高800(各mm) タイヤサイズ:F100/90-19 R130/70-18 車両重量:180kg 燃料タンク容量:15L
[車体色]
マットジーンズブルーメタリック、マットパールモリオンブラック、キャンディークロモスフィアレッド
[価格]
55万円

レポート●中村友彦 写真●柴田直行/ホンダ/八重洲出版 編集●上野茂岐

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