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マン島南部で行われる、クラシックマシンによる公道レース
マン島で行われているロードレース(彼の地では「公道レース」を意味する)で最も有名なのは、もちろん『マン島TT(IOMTT)』だ。これは1周約60kmのスネーフェルマウンテンコースで行われ、イギリスをはじめとするヨーロッパで開催されているロードレースの頂点でもある。
そして同じコースを使うレースはもうひとつあり、8月には『マンクスGP(MGP)』が開催される。これはマン島TTの登竜門ともいわれており、1940~1990年代のクラシックマシンで行われるレースだ。
そのほかにも、マン島で行われているロードレースに『サザン100』がある。これはスネーフェルマウンテンコースではなく、マン島南部にあるビロウンサーキットで行われるレースで、1955年に始まった。マン島TTに参戦した多くのライダーも出場してきた伝統あるレースだ。
このビロウンサーキットで開催されているもうひとつのレースが、今回紹介する『プレTTクラシックロードレース』だ。その名称のとおりマン島TTの前日に開催されるレースで、今年、2024年は5月24日~26日の日程で開催された(マン島TTは5月27日開始)。かつてはマン島TTの翌日開催となる『ポストTT』も行われていたが、こちらは新型コロナ禍で中止されて以降、開催されていない。
プレTTクラシックは年代、排気量などで8クラスがある
さて、このプレTTは1988年に当時のマン島TT主催者だったACU(オートサイクルユニオン)の要望で始まり、現在は8クラスが開催されている。
1.シングルクラシック(クラス1=175~250cc、クラス2=251~350ccの単気筒のクラシック)
2.1100ccクラシック(400~1100cc)
3.ジュニアスーパーバイク(230~350ccの2ストロークレーサー、または600ccまでの4気筒、あるいは750cc2気筒)
4.サイドカー(750cc未満と750cc超のクラシック)
5.シニアクラシック(351~500ccのクラシック)
6.ライトウェイトクラシック(クラスA=175~250cc、クラスB=クラシック以降の125ccのクラシック)
7.ジュニアクラシック(251~350ccのクラシック)
8.シニアスーパーバイク(クラシック以降の601~1300ccで、1995年以前と以降でクラス分け)
クラス分けがなかなか複雑だが、ここでいうクラシックとは1945年から1972年までの4ストロークマシン、1945年から1967年までの2ストロークマシンをいう。
クラシック以降とは1300ccは空冷/水冷4ストロークで1986年まで、750ccは1992年までの4ストローク4気筒、1000cc以上は1992年までの4ストローク2気筒または3気筒とノートンのロータリーエンジン、351~750cc2ストロークマシンのことをいう。
レギュレーションはもう少し細分化されているが、要は1972年までのクラシックと、それ以降1992年までのポストクラシックの2クラスに大別されるレースだ。
交差点を4回曲がって戻ってくる「ビロウンサーキット」
これらのマシンが走るビロウンサーキットは、マン島の南部・カッスルタウンの公道にある。ごくシンプルにいうと、時計回りに交差点を4回曲がる1周4.25マイル(約6.84km)を走るレースだ。
今回は最終日しか取材できなかったため、コース終盤にあるチャーチベンズと呼ばれる観戦スポットだけの撮影になった。というのもレースが始まると他の撮影スポットへ移動できない(公道はレースのために閉鎖され、移動のためのルートはない)からだ。
しかしこのチャーチベンズはビロウンサーキットでも見応えあるスポットで、その名のとおり「教会の曲がり道」だ。教会の墓地の中を道路がS字状に貫いており、右コーナーから左コーナーへ切り返しするポイントだ。
そして道路と墓地は石垣で区切られていて、とくに歩道がない左コーナーは石垣スレスレを通過することになる。石垣に肩やヘルメットを擦るライダーもいるほどだが、今回はレース序盤から雨天で、雨が上がった後もウェットパッチが残っていたこともあって、そこまで攻め込むライダーはあまりいなかった。
独特の文化「バイクを墓地に停めて、のんびりレース観戦!?」
もうひとつおもしろいのは、観戦客たちはたいていバイクに乗ってくるが、そのバイクを墓地へ駐車することだ。日本人の常識では考えられないことだが、同じキリスト教圏でもドイツ人にとっては非常識なことのようで、「墓地にバイクを置くなんて、イギリス人はなんてクレイジーなんだ!」と興奮しながら喜び笑っていた。
とはいえバイクを駐車したり歩いたりするのはあくまで墓地の通路だけで、墓石の前には駐車しないし、意味なく立ち入ったりもしない。しかし2011年に訪れたときには墓石の前で仰向けに寝転び、昼寝するカップルがいた。まるで「死んでも一緒にいようね」と無言で愛を語り合っているようでもあり、死生観の違いをまざまざと見せつけられたものだ。
教会では紅茶などの飲み物、手作りのサンドイッチやビスケットなどの軽食を割安な料金で販売していて、晴れた日には墓地にシートを広げてピクニック感覚でレースを観戦する人も多い。
ちなみにマーシャルはボランティアでマン島やイギリス、そして世界中からやってくる。マン島TTとは主催者が別なので、プレTTでマーシャルをやるには別個に登録する必要がある(これはメディアも同様)。マーシャルたちも和気あいあいとレースとマーシャル業務を楽しんでいる。
さて、そんなプレTTクラシックだが、レースの模様や結果にはここでは触れない。レース数が多すぎることもあるが、このレースはリザルトよりも観客やマーシャル、そしてマン島が持つ独特の雰囲気を楽しむものだと思うからだ。
そして日本のバイクファンに、世界にはこんなバイクレースもあるということを知ってもらいたいだけなのだ。もしも出場マシンの詳細やリザルトに興味があるなら、プレTTの公式サイトに掲載されているので、そちらを参照してほしい。
マン島というとTTばかりが注目されるし、「世界一危険な公道レース」というイメージが先行してしまっている。たしかにそれも事実ではあるが、イギリスをはじめヨーロッパ各国からやってくるライダー、そしてファンたちは、プレTTクラシックも含むマン島そのものを満喫することを楽しみにしている。
プレTTクラシックは、現代に残るバイクレースの原風景だ。もしもマン島TTを観戦する機会があったら、ぜひプレTTクラシックも観戦できる旅程を組んでもらいたい。それだけの価値があるロードレースなのである。
レポート&写真●山下 剛 編集●上野茂岐