自分は交通ルールを守っているのに、周囲に違反しているクルマがいると腹立たしくなるでしょう。
「捕まってしまえばいいのに」などと思っても、なぜかそんなときに限ってパトカーの姿はないものです。
いっそのこと、自分が捕まえて警察に突き出してやろうかとさえ思う人も少なくないはずですが……じつは、一般人でも犯人を逮捕することは可能です。
一般人でも許される現行犯逮捕とは?
「逮捕」とは、犯罪の容疑がある人の身柄を強制的に拘束する手続きです。
原則として、事前に裁判官の審査を受けて許可を取り、令状の発付を得てからでなければ、たとえ警察であっても逮捕は許されません。
これを、法学では「令状主義」と呼びます。
ただし、令状主義には例外があり「現行犯」を逮捕する場合は事前の審査も令状の発付も必要ありません。
そして、逮捕などの刑事手続きを定める刑事訴訟法の第213条には「現行犯人は、何人(なんぴと=誰でも、という意味)でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」と規定されています。
この規定は「私人逮捕」と呼ばれており、たとえば痴漢を周囲の目撃者が捕まえた、万引きを警備員が捕まえたといったケースに適用されるのが代表的です。
最近では、YouTubeで痴漢や転売ヤーを私人逮捕する様子をおさめた動画が話題を集めています。
X(旧Twitter)でも「私人逮捕」がトレンドに入るなど、現行犯なら誰でも逮捕できるという情報は広く知られるようになりました。
交通違反を私人逮捕しても大丈夫?
一時停止違反やスピード違反といった交通違反は「道路交通法」という法律の違反であり、法的にみれば窃盗や暴行・傷害などと同じ「犯罪」にほかなりません。
違反切符や反則金の納付といった簡単な手続きで済まされているのは、交通違反のすべてを正規の手続きで処理していると、警察・検察官といった捜査機関や裁判所がパンクしてしまうからです。
では、交通違反も痴漢や万引きのように私人逮捕できるのでしょうか?
正解は「逮捕できる」です。
交通違反も道路交通法違反というれっきとした犯罪なので、たとえ一般人でも現行犯であれば逮捕できます。
法的には可能でも交通違反を私人逮捕するのはやめておいたほうがいい理由
法律の規定に照らせば、交通違反をした人を私人逮捕することは可能です。
ただし「逮捕できるんだ!」と喜んでむやみに私人逮捕するのはやめておきましょう。
現行犯逮捕には、軽微犯罪についての制限があります。
刑事訴訟法第217条によると、30万円以下の罰金、拘留または科料にあたる罪の現行犯については、犯人の住居もしくは氏名が明らかでない場合、または犯人が逃亡するおそれがある場合でなければ現行犯逮捕できません。
交通違反は犯罪といっても比較的低額な罰金が定められているものが多いので、この規定に触れる可能性があります。
交通違反をしたからといって、一般人に対し運転免許を提示したり住所・氏名などを答えたりする義務はないので、この場合は「逃亡するおそれ」があるかどうかが問題になるでしょう。
しかし、いきなり見ず知らずの一般人から「交通違反だ、逮捕する!」と言われても、素直に従うような人なんてほとんどいないはずです。
「お前には関係ないだろう!」とその場を立ち去ろうとする違反者を「逃亡するおそれがある」といえるのかは微妙なところであり、現行犯逮捕が無効になる可能性があります。
「無効になる」だけで済めばラッキーかもしれません。
現行犯逮捕の際に相手の身体を無理やり押さえつけたり、もみ合いになって殴ってしまったりすれば、暴行罪や傷害罪に問われてしまうおそれがあります。
相手が逃げないようにロープなどで縛ったり、自分のクルマに押し込めたりすれば、逮捕・監禁罪が成立して自分のほうが罪を問われる危険もあるので、むやみな逮捕は避けたほうがいいでしょう。
交通違反を見つけたとき、周囲のドライバーとしてできること
交通違反を見つけても「自分で捕まえてやろう」などと考えてはいけません。
法律では私人逮捕が許されていますが、これはあくまでも自分が逮捕しなければ犯人を取り逃がしてしまうという緊急やむを得ない状況で許されるものです。
犯罪である以上、罪の軽重にかかわらず責任を問われるべきですが、軽微な交通違反の責任を個人が追及する必要はありません。
交通取り締まりは警察の仕事なので、正義感を振りかざすよりも警察に任せておくのが基本です。
私人逮捕が妥当と考えられるのは、たとえば追突されて相手が逃げようとしている、歩行者を轢いたクルマの運転手がその場から逃げようとしているなどのシチュエーションでしょう。
もっとも、無理に違反者の身柄を押さえようとすると自分がケガをしてしまう危険があるので、当て逃げ・ひき逃げの場合も相手のナンバーさえ覚えておけば十分です。
あおり運転をしている、フラフラと蛇行しており飲酒運転の疑いがあるなどの場合でも、ナンバーを覚えて110番通報し、警察の臨場を求めるだけで問題ありません。
一時停止違反や携帯電話使用など街頭でみかけやすい軽微な違反なら、ドライブレコーダーの映像や同乗者がスマホなどで撮影した映像などを警察に提供するだけにとどめておいてください。
YouTubeなどに投稿する目的で違反者を探して逮捕まがいの行為をはたらいたり、動画撮影のために「逆あおり運転」によって違反を誘発したりといった行為をするのは無用なトラブルを生みます。
自分が罪を問われる事態になる可能性があるので、絶対にやめましょう。
レポート●鷹橋公宣 写真●モーサイ編集部/PIXTA
元警察官・刑事のwebライター。
現職時代は知能犯刑事として勤務。退職後は法律事務所のコンテンツ執筆のほか、noteでは元刑事の経験を活かした役立つ情報などを発信している。