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■車体左側に動力のモーターを搭載した電動カタナ。排気系パーツが皆無のため、全体像がとてもスッキリとしている。
あっ! このカタナ、電動だ!
こんにちは、バイク大好き!カメラマンの小見とは私のこと。
季節も寒くなりつつあった冬の入り。愛車ZZRの調整状態を確認するために深夜、とある道の駅に立ち寄った。大きな音を立てて騒ぐ若いライダーの集団もいたが、それとは空気感の違う=静かに語り合うとしかさのライダーたちもいた。偶然、その傍にZZRを駐めて会話に加わったのだが……それが今回レポートする電動カタナの作者、岩渕さんとの出会いだった。
昨今のバイクの高騰事情など世間話。彼らとのやりとりはとても愉快だった。ふと側に駐められている数台の中にあったカタナを見ると、エンジン部が何やら不可思議な形である。気になって尋ねてみると、まさかの電動化! 聞かされて驚いた。
ただ、その夜は自分のバイクの実走確認のため手持ちのカメラは小型のものだけ、また早く試走に出たいとの思いが強く、電動カタナについて詳細を聞くことはせずにその場を辞してしまった。きっとまたここに来ればお会いすることもあるだろうという甘い考えもあった。
ところが、その後週末に同じ道の駅に行ってみても、電動カタナと再会することはなく、寒空の下で「なぜあのとき、連絡先を聞いておかなかったんだろう?」と何度か無念の帰路へ。
■右側から見た車体全体図。電気回路の管理で使うスマホのホルダーが付いている状態で撮影。フロントホイールの径やディスクローターの大きさにより、スタンダードから手を加えられているのがそれとなく分かる。
■ノーマルのカタナではシリンダー&シリンダーヘッドのあった部分には電源部を配置。一見、フィンに似た形状のカバーで覆われているのが目を引く。
静か、軽やかに動く電動カタナ
そんな状況を察した友人が調べてくれたところ、Twitter経由で電動カタナのオーナー岩渕雄太さんとコンタクトが取れ、取材撮影に快くご協力いただけることになった。
偶然にも岩渕さんと私は住まいが近く、遠出せず一般の方々の邪魔にならない郊外で撮影することになった。待ち合わせのコンビニに現れたカタナにエンジン音はなく、ドライブチェーンの音が少し聞こえるくらいの静粛さであった。
以前、道の駅で初めて見たときは動いていなかったためあまり気にならなかったのだが、今回は何とも不思議な走りをいきなり目の当たりにしたわけだ。
スタティック(静止状態)の撮影の後に走行シーンを撮影。走行時に耳を澄ますと微量の電気的な音が聞こえるが、それも530サイズのチェーンの音に消されてしまう程度の音量だ。
撮影で車体を移動させる際、岩渕さんに促されてほんの少しアクセルを回してみると、さながらバイク押すためのアシスト機能があるかのように電動カタナは軽やかに動いてくれる。ゴールドウイングの微速前後進機能を思い出した。
「将来、好きなデザインのバイクに電動機能を搭載して楽しむ」その具現化作、実例として、私は一層の興味が湧いた。
■特徴的なヘッドライトはGPz900時代のチェロキー用を流用。縁の四角い部分はフォグランプ。夜間は中央部のライトがハイ&ロービームで点灯するようになっている。
■この油圧式クラッチレバーは、以前にトランスミッションを積んでいた頃のなごり。現在の減速比では程よい加速をするので使っていないが、次期改造では何か機能を持たせるか検討している。
■転倒や衝突の際にバッテリーを保護するフィン状の左右のカバーだが、電動車両の主張も兼ねた遊び心でLEDが赤く点灯するようになっている。夜間走行ではとても目を引く。
ラジコンからヒントを得て、ブラシレスモーターを……
後日、再び岩渕さんと落ち合い、より詳しくお話をうかがった。
個人で機能と車体を熟成させていく中で、何度か故障や火災に見舞われたこともあるという。
もともとは写真が好きで、撮影のための移動手段として使っているうちにバイクも好きになったという岩渕さん。30代前半に一度バイクを降りたものの、40代半ばでバイク熱が再燃したそうだ。当時は子育てに手のかかる時期で奥方との家庭内平和も考慮、中古の車体と部品を集めて密かに(?)面白いマシンを作ろうと画策したらしい。
ラジコンからヒントを得てブラシレスモーターをバイクに積んでみようと考え、必要な機能、回路、コントローラーの研究もその当時から始めていた。
ラジコンをご存知の方は既に馴染み深いと思うが、ブラシレスDCモーターの進化は著しく、今日ではラジコン飛行機はもとより高速で走るレーシングカーに至っては100km/hを超える速さを実現している時代。効率がよく、よく回る。しかしながら、ブラシレスモーターの高性能を発揮させるためにはリチウム系バッテリーを慎重に扱わないといけないことをご存知の方は多いと思う。そのあたりの制御方法が見どころだ。
■下側の黒い部分が中国製のモーター。車体とのサイズ感とコストから選択したブラシレスDCモーターを使用。水冷車であればラジエターがある部分のケースは……前仕様では左右にモーターを搭載したツインモーター仕様だったためにその制御装置を入れた。現仕様では使っていない。実は木製の端材で前面は自作。
■ノーマルのカタナの19と16インチの乗車感から、18インチのスポークホイールに変更されたフロントホイールには外周を切削されたローターを装着。275→250mmに外径を小径化。また、フォークのアンチダイブ機能はキャンセルされている。筆者も昔の経験上、カタナでフロント19インチから18インチへの変更は著名チューナーのカスタム車試乗等で好印象を持っていたことから賛意を感じた。
■一度は切断短縮加工されたシートレールだが、ノーマルシート装着のためにジョイントと旧シートレールを追加加工。シートカウルも装着可能にできるよう加工されている。細かい工夫として、ナンバープレート装着部だけでなく、リヤフェンダーも取付け可能としている。
意図的にギヤボックスを介して駆動を伝達
岩渕さんのカタナは以前にも、某雑誌の記事として取り上げられたことがある。だがその段階に至るまで、制作中には電気回路のトラブルで燃えてしまったことすらあるとのこと。
ちなみに燃えた当時の塗色は赤とシルバーで、シートレールを短縮加工してマッチョなスタイルに変更していた。だが、燃えてしまった後は、シートレールを再びノーマルの長さに戻してある。オリジナルデザインに戻してみたところ、元来のカタナの長さやデザインのまとまりの良さに改めてリスペクトされたという。
動力の面では、以前はモーターを2基、左右に積んだツインモーター仕様であったのを、モーターやギヤボックスの搭載や廃止を繰り返しての改良の結果、左側に1基のシングルモーター仕様に落ち着いている。右側のダミーモーターは現在、軸受代わりにしている。ギヤボックスのあったところもまた、減速ギヤを介して2本のチェーンが繋がるボックスになっている。
モーターから出力の取り出しに使用しているスプロケットシャフトは、直径20mmのS45C鋼材を試用してみたものの、強度が足らずに破損。その後は直径25mmのシャフトにフッ化処理を施して使用しているという。JIS規格の鋼材は入手しやすいので、スプロケットの選定でも同様に産業用のものを複数入手して適切と思われる歯数を選定。
産業用規格品のスプロケットは廉価であり、入手や実験で数枚購入するにもコストを抑えやすいのが便利だが、通常のバイクのスプロケットのように軸側に星形のスプライン(回り止め)が切ってあるわけではなく、1箇所キーが付いている構造である。その点は今後大出力モーターを積んだ場合には変更の余地ありか……。
現状以前の駆動伝達装置としては、2ストの小型車両から流用してみた時期もあった。だが、プライマリーを外部に露出させてトランスミッションへ動力を伝達したために騒音が酷く、エンジンの回転でチェーンブロックをぶん回しているような音がして廃止方向へ。
その後、ダイレクトに駆動を伝えるのではなくギヤボックスを使用することに。発進がスムースになったのと、モーターが無理して回っていない感じがちょうど良かった。動力系統はツインモーターを搭載していた時代から紆余曲折を経て、撮影時の出力は馬力換算で13~20ps程度を発生とのこと。750カタナのフレームをベースに申請を出し、軽二輪登録となっている。
バッテリーはなんと24セルを搭載し、2つの制御器に48本の配線を繋いでいるため、タンク下側は整理されていながらも多数の配線類でなかなかの壮観だ。フレームのトップチューブ下側にコントローラー類が収まっている。
バッテリーのコントローラーはアクティブバランサーに接続され、各バッテリーの電圧差の管理等はBluetoothを介してスマホで遠隔管理もできるようになっている。
初見は夜目で見た電動カタナであったが、ぱっと見た外観だけでは知り得なかった岩渕さんの研究心に恐れ入る。
■タンク下側のバッテリー群から立ち上がってきた24セル分のコードは制御部分に分配されて48本になりコントローラーへ。太いまとめ配線だとタンク下で曲げるのが大変だったようで、配線数を分けて曲げやすくする工夫もされている。
■フレームのトップチューブすぐ下に積まれたMFバッテリーは灯火類の作動用で、12Vの独立した電源。125~250ccクラス用程度のサイズか。
■メインの動力バッテリーの上側、後部にBMS(バッテリーマネージメントシステム)とアクティブバランサーを振り分けて配置。セルの電圧差をチェックしたりBMSのエラー認証で電源が落ちてしまうのを回避したりするようにしてある。
■動力がモーターになったカタナの登録証。出力は本文で記載したように20ps相当以下、ノーマルの750カタナが約250kg→180kg程度と軽量化。軽二輪登録となっている。
見直しも! 新規も! まだまだ続く電動車制作
岩渕さんは現在、足代わりにもっと小型の電動「チョイ乗り」の製作に没頭しているそうで、それが完成したら一旦この電動カタナは全バラにして各部を見直し、以前のショートシート形態の車体構成にしてみたいと言う。過去の記録写真や図面を拝見したところ、近年発売されたスズキの新型カタナのデザインに近い雰囲気で車体上部がまとめられていたのが印象的。時代の先を行っていたのかもしれない。
静かな喫茶店でそうしたお話をうかがっていて、会話の最後に電動バイクの将来とライダーの観点で、カワサキが発表したニンジャ250系の電動仕様、水素エンジン等のラインナップにとても感銘を受けたというお話があった。
従来の内燃機関を搭載した場合と違った重量配分も研究して、運動性も損なわずに、既存の車体形状を保ちながら、電動その他の機能の安全性を……メーカーさんが保証して売った後も面倒を見ますよと言う宣言なのですよ、と。
言われてみれば、なるほど電動バイク制作で苦心した人ならではの、実感のこもった言葉だと納得した。ご自身のカタナも重量配分の変化で重心は高く、フロント寄りになったためにフルブレーキングの際はフロントサスの沈み込みが多くなったという。反面、運動性の向上は楽しいとのことだ。
電気系統も、発電系の見直しや改良を図る。「火事くらいどうってことはありません」と、強烈な探究心を静かな口調で語る岩渕さん。氏の今後の動向が楽しみでならない。
■ガソリンを入れる必要のなくなったタンクは支持部以外を切り取られており、内側はバイク関連等で大事なサインを書いてもらうためのスペースとなった。
■このスタイルでチェーンの音と路面をとらえるタイヤの音くらいしか聞こえてこない。初の市販当初は未来的だったカタナが苦心して電動化されたのを見ると、普通のバイクらしさを残しながらトラブルプルーフを続けて熟成に近づいた好例と思える。岩渕氏のライディング中、走行の様子は終始安定していた。
■アラフィフ世代に差し掛かる岩渕さん。温厚な人柄の中に不屈の研究心を併せ持つ好人物だ。建築関係の職業に携わる現在、「残る人生、できるものなら電動バイク関連の仕事ができたらいいですねぇ」とのこと。研究者魂は、いつまでも……ですね。
レポート&写真●小見哲彦
○小見哲彦(こみ てつひこ)
無類のバイク好きカメラマン。
大手通信社や新聞社の報道ライダーとしてバイク漬けになった後、写真総合会社にて修行、一流ファッションカメラマン、商品撮影エキスパートのアシスタントを経て独立。神奈川二科展、コダック・スタジオフォトコンテスト等に入選。大手企業の商品広告撮影をしつつも、国内/国外問わず大好きなバイクを撮るように。『モーターサイクリスト』誌ほか多数のバイク雑誌にて撮影。防衛関係の公的機関から、年間写真コンテストの審査員と広報担当人員への写真教育指導を2021年より依頼されている。