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定番「ウルトラG1」が10W-30 → 5W-30と低粘度化
ホンダの純正エンジンオイル、ウルトラオイルシリーズが13年ぶりにリニューアルし、その内容が一新されたことはご存知の方も多いだろう。
このリニューアルの大きなポイントは、ラインアップの中でベーシックな標準グレードとなる「G1」が大きく改良されたことだ。
これまでの「G1」はSAEグレード10W-30だったが、新しい「G1」は5W-30へと低粘度化し、同時に鉱物油から半化学合成油にグレードアップしている。
その最たる理由は何かといえば、オイルの低粘度化によるフリクション低減であり、それによる始動性の向上、燃費の向上という、いわゆる環境燃費性能の強化である。
エンジンオイルの役割を知れば、新「ウルトラG1」の狙いが見えてくる
ここで少しエンジンオイルについて大雑把に説明する。
その役目は金属部品の摺動面に油膜を形成して保護すること、そして燃焼による発熱を冷却してエンジンを熱的に安定させることにある。エンジンオイルに求められる最大の要件と言えば、これはもう摩擦を抑止するための油膜を保持する力、これに尽きるのである。
たとえばエンジンが5000回転で回る場合、ストローク42mmの400cc4気筒エンジンなら、ピストンスピードは5000回転で毎秒7m。1分間の連続運転なら420m、1時間なら25.2kmもの距離をピストンはシリンダーと擦れ合っている計算になる。
当然ながら各部の軸受けやギヤ噛み合い面の境界摩擦も同じように起きている。
このように、エンジン内部の高圧下の摩擦を前提に油膜を保持するには、オイルは(グリスのように)硬い方が良い。しかし、硬ければ硬いほどそれは往復部品や回転部品の抵抗になって、出力を損なうことになる。
軟らかいとその抵抗は少なく、エンジンの運転効率は上がるが、油膜の保持能力には懸念が生じる。しかもオイルは温度の上昇に比例して流動性が上がり(粘度が落ちて)被膜保持に対して不利になっていく──要するにオイルには被膜保持の能力=硬さと、機械の抵抗にならない=軟らかさという、二律背反の条件が求められるのだ。
この矛盾を少しでも解決しようとするのが、ベースオイルの基本性能と、そこに加えていく添加剤である(単一製品をコンポーネント、複合製品をパッケージ、あるいはDIパッケージと呼ぶ)。
まずベースオイル。これは元々原油から取り出される鉱物油だが、これを水素精製あるいは水素化分解といった方法で精製したものがエンジンオイル向けのベースオイルになる(ここまでが鉱物油)。
さらにそこにPAO(ポリアルファオレイン)やエステルといった化学物質を加えた物が、いわゆる「半化学合成油」(部分合成油ともいう)である。
精製技術や合成技術の発展した現在は、一般的な半化学合成のエンジンオイルはかなり高性能で、コスト的にもメリットがあるので、現在販売されているエンジンオイルの大半が、高度精製鉱物油や半化学合成油である。
ちなみに最高級グレードのエンジンオイルに位置づけられている100%化学合成=フル・シンセティックのオイルは、原油生成時に分離されるガソリン溜分=ナフサを主原料に、PAOやエステルを合成した純粋な化学物質であり、鉱物油とは関係のないものだ(鉱物油ベースの半化学合成油を「全化学合成」という曖昧な名称で販売している場合もあるので注意)。
そして、添加剤。
これは耐摩擦性、対温度性、対酸化性を始めとして、多くの要件を満たしてエンジンオイルを成立させるために調合されたもので、これがエンジンオイルの性質や性能を決定づける(多くの場合は、世界に4社しかないパッケージメーカーが調合した物をベースに使う)。
SAEグレードで表記される5W-40とか20W-50といったマルチグレードオイルの数字の幅は、おおよそ添加剤の調合によって決まっていると思って良いだろう。
大昔には#30や#40といった幅のないシングルグレード(汎用性が低いものの、限定的な使用では高い性能を発揮する)もあったが、幅広い対応性、コストなどを考えた結果、現在のマルチグレードが定番化したのだ。
また、この数字の幅は、簡単に言えばウインターのWが付く小さな数字が低温時の粘度、大きな数字が高温時の粘度を表しており、数字の幅の広い方が低温(始動時や冬季)から高温(高出力、高回転)での対応力に優れることになるが、その分、添加剤を多用することになるので、オイルの寿命や品質管理に気を使うことになる。
したがって、主たる使用目的、エンジンの種類、コストなどを考慮して、バランスが取れた性能を実現することが、エンジンオイル製造の大きなテーマになるのだ──さて、ホンダのウルトラオイル「G1」に話を戻そう。
スクーターを除く、全ホンダ車を前提に開発されてきた「ウルトラG1」
ウルトラオイル「G1」は単なる純正オイルではなく、ホンダにとっては重要なベーシックなエンジンオイルである。
まず、スクーターを除くすべてのすべての市販モデルの開発はこの「G1」を使用して行われており、カタログデータになる型式認定も「G1」使用で取得される。
要するにスーパーカブから、CBR1000RR-Rファイアブレード、ゴールドウイングまで、ホンダ車のスペックはすべてこの「G1」を使ったものなのだ。
また、製造ラインで組み立てられたモデルは、ラインアウトする際にエンジンオイルを充填して完成検査を受け出荷される。この時に使われるのも「G1」である(ユーザーに届けられた新車にはその「G1」が入っている)。
こうして出荷された様々な市販モデルはほぼ全世界で使われている。
だから純正オイルとして「G1」が流通し、仕向地のどこでも手に入れられることが、地球上どこでも同じ性能を保証できることになるし、モデルライフ、アフターサービスにおいても、これが前提であり理想なのだ。
50cc空冷単気筒のスーパーカブも、218馬力を発揮する1000cc水冷並列4気筒のCBR1000RR-Rファイアブレードも、ホンダ二輪車ラインアップ最大排気量・1800cc水冷水平対向6気筒のゴールドウイングも「G1」を用いて開発されている)なお、スクーターは「E1」を用いて開発されている)。
また逆に、新「G1」に限らずだが、ホンダの純正オイルは実車のエンジンを用いた入念なテストなどを踏まえ、専用に開発が行われている。
「新ウルトラG1」5W-30の狙いは燃費向上、デメリットは技術進歩で解決
2021年、今回リニューアルされた「G1」は5W-30で、従来の「G1」10W-30よりも低粘度化したわけだが、「エンジン保護性能、静粛性において、10W-30同等の性能を発揮でき、自信をもっておすすめできる価格で提供できる見通しがたったことが今回のリニューアルの背景にあります」と、ホンダの新「G1」開発担当者は言う。
この「10W-30と同等の性能」とはどういうことかと言うと、先ほど述べたオイルの寿命や品質管理の部分だろう。極端に言うと、マルチグレードのその幅を広げようとすると添加剤が多くなる傾向にあり、その結果、オイルの劣化が早まる可能性も否めなかったのは事実である。
そこで、先代「G1」の鉱物油から半化学合成油へとベースオイルを進化させたことで基本的な品質を向上させたのだ。さらに「今回使用している添加剤もホンダ独自のレシピとしている」そうだから、粘度を下げたことによるデメリットをうまく補完しているはずだ。
実のところ、ホンダの純正エンジンオイルは、1950年代に本田宗一郎の肝煎で発売されて以来60年、商品の中心となる定番グレードの低温時の粘度が10W以下に設定された商品はなく、今回の5Wは初めての設定なのだ(サーキット走行に特化した「G4」は0W-30とさらに低いが、こちらは高価な化学合成油だ)。
これは先代ウルトラオイルから10数年の時間経過における、試行錯誤と技術的進歩の賜物である。
過去を振り返ると、10数年前のメディアに掲載された当時の純正オイルに関するインタビュー記事で、ホンダの公式見解として「二輪車では10W-30が最適」と記載されていた記憶があるが、今になって考えれば「粘度が低い方が始動時や寒冷時のフリクションは低いのだが、高温時の油膜保持性能や総合性能には未だやや難がある」とも受け取れる。
高温での性能が問題なければ、摩擦損失(つまり燃費や出力)という面で粘度は低いほうが良いのだ(逆にエンジンの運転音は逆に大きくなるし、またシフトフィーリングも硬くなるが、この点も先ほどの「10W-30と同等の性能」に含まれるはずだ)。
そして新旧の「G1」使用における燃費を比較した場合(WMTCモード比較で)、新「G1」ではコミューターモデルで1%、FUNモデルで2%の向上が図れるそうだ。すでに時代は、絶対的な出力性能の追求の段階を終え、排ガス抑制と省資源化といった環境性能の追求に入って久しいが、エンジンオイルにもまた同様の課題が求められているのである。
ちなみに、今回の「G1」低粘度化による燃費向上実現の背景には、インド市場からの強い要求があったそうだ。彼の地のユーザーは、日本のユーザー以上に燃費を重視するそうである。
そもそもエンジンオイルは、エンジン性能を形作る重要な要素として存在していたが、この時代背景によってさらに重要な意義を持ちつつあると言うわけだ。
今回のウルトラオイルシリーズの全面リニューアルは、このことを強く認識させる良い機会になるのではないだろうか。
付け加えるのなら、原油から始まるエンジンオイルの生まれる背景やそのビジネスの実態を知ると、実は信頼できるエンジンオイルばかりではないということが分かる。
その中で、熱心に開発を続けてきたホンダ純正オイルはコストパフォーマンスも高いうえ、忖度なしに信頼できる商品なのである。
新「G1」が低粘度化しつつ、オイルとして十分な性能を発揮できるようになった背景には、先に四輪のオイルが燃費の追求などにより低粘度化していったトレンドがあり、添加剤を始めエンジンオイルの世界に技術進歩があったことも影響しているそうだ。
新型コロナウイルスの影響が拡大する前、世界規模で言うとホンダは年間約2000万台の二輪車生産を行っていた。オイルを変更するだけでその台数の燃費が押しなべて1〜2%改善するとなると、多大な環境への効果が見込める──という狙いも新「G1」にはある。
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2■ホンダ純正オイル「ウルトラ」webサイト
https://www.honda.co.jp/motor-parts/ultraoil/