八重洲出版から季刊発行されているムック「情熱のロードレース」は現在の視点から過去のロードレースを振り返り、今だからこそ語れるあのとき、あの瞬間を関係者の証言で構成しているものです。この本の企画立案から、すべての取材、執筆を行なう、編集責任者でもある川上滋人が本誌に入り切らなかった取材エピソードを記していきます。
「アンチスクワット」について語るべきかどうか
情熱のロードレースは、過去のレースを振り返る本なので「今だから語れる」という強みがあります。
今回『情熱のロードレース Vol.7 NSR500V その進化の現実と背景』の取材で、TSRのAC50Mフレームのキモがどこにあったのか、設計者である光島 稔さんに語っていただいたことは、本を作っている私にとって積年の疑問が氷解した瞬間でもありました。
光島さんが最前線で戦っているとき、何度も現場でお話しをさせていただき、当然のことながら話はオリジナルフレームの特性について及んだわけですが、いつもその「キモ」に話が至るとニヤッと笑い、「それは言えない」とかわされ続けたのです。
その「キモ」がなんなのかは実際に誌面で確認していただくとして、光島さんのねらっていたことを後日、元HRCの吉村平次郎さんに伝えたところ、「そこまで考えている車体設計者がいたのか?!」と驚かれていました。
このポイントに関しては吉村さんから何度か、宿題をもらったことがあります。そのポイントをタイヤメーカーはどう考えているのか? そのポイントのデータが採れ、コントロールできれば、車体設計は大きく変わるはず。現役のエンジニアとして活動している当時から、吉村さんはその想いをずっと抱いていたと言います。
一般的にそのポイントについては、アンチスクワットという言葉で説明されています。ですが光島さんも吉村さんも「それだけではない」と言います。
実は今回の光島さんのインタビューページの中に、このアンチスクワットを説明する図を用意し、誌面に入れようと進めていました。ですが、それを光島さんに伝えたところ「理解しにくくなるから、アンチスクワットの説明は入れない方がいい」とアドバイスいただき、あえて入れませんでした。
それくらい、この部分に関する理解は通常の考え方ではしにくいものと言えます。実際、TSRの制御系エンジニアは、三次元の力のベクトルを足す従来の考え方をするのが一般的であることから、そのポイントのアプローチは「論理的ではない」と藤井正和さんに言ったと、本誌のインタビューでも語っています。そのことを光島さんに伝えたところ、「最初はそうでしたね。結果的に彼とは10年一緒にレースを戦って、最後の方は理解してくれていましたよ」と 。
レースは知恵比べ。そんな根本的なことを、改めて痛感させられたAC50Mフレーム設計のキモでした。
情熱のロードレース Vol.7 「NSR500V その進化の現実と背景」
■定価: 1,650円(本体 1,500円)
■発売日:2023年2月24日(火)
■体裁:A4正寸、並製、オールカラー100ページ
全国の書店、オンライン書店、八重洲出版オンラインショップで販売中。
川上滋人
「情熱のロードレース」編集責任者。1980年代中盤から全日本ロードレース選手権の取材活動を開始し、現在もシリーズ全戦に通い現場での取材を続けるレースジャーナリスト。