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1976年10月号モーターサイクリスト特集企画「Daxのすべて」
1969年の初期型発売以来、レジャーバイクとして人気を集めたダックスホンダはアップマフラーのエクスポート、マニュアルクラッチでハンドル非分離式のSPORT-I、エンジンガードやオイルダンパー内臓のフロントサスペンションなどを装備したSPORT-IIなど次々とモデルバリエーションを拡充。1976年には可動式フロントフェンダーを装備した6型を発売し、50ccと70ccをあわせてダックスは10タイプをそろえるまでになっていた。
モーターサイクリスト誌は、その6型デビューの年1976年10月号において「Daxのすべて」と銘打ち、開発秘話や工場ルポ、修理、整備のポイント、カスタムパーツなどを紹介する大型企画を展開。以下に掲載するのはそのなかの工場ルポだ。現在では撮影許可が下りないであろう生産現場の重要部まで取材を行なった貴重なルポとなっている。
*当記事は『モーターサイクリスト』1976年10月号の記事を再編集したものです。
鈴鹿製作所で造られていたダックス
ダックスホンダはどんな工程を経て造られているのだろうか?
これを探るべく、我々はホンダの4工場の中で最大、いや、二輪車工場としては世界でもまれに見る規模と思われる鈴鹿製作所(*1 三重県鈴鹿市)へと出かけた。窓の無い大きな建物の中では、なんと10秒に1台というスピードでダックスは生まれていた
鈴鹿製作所は、近鉄の白子(しろこ)駅からタクシーで1,300円(*2)くらいの所にドデーンと構えている。遠くから眺めて奇異に感じるのは、その大きな建物に窓がひとつも無いためである。どことなくジャンボジェット機の格納庫を思わせる。
が、一歩工場に入るとさまざまな工作機械の作動音、そしてエアインパクトレンチから吐き出される圧縮空気音、いろいろな組み立てに伴う音が一緒になり、なんともいえぬハーモニーをかもし出している。
鈴製(鈴鹿製作所)の特色はひとつ屋根の下にバイクを造り出すのに必要なほとんどの設備がととのっていること、そして、関連会社である「ホンダエンジニアリング(*3)」が開発、製作した多軸自動加工機、あるいは小組み機の豊富さであろう。無論ダックスのすべての部品を鈴製で造っているわけではない。ごく大ざっぱな言い方だが、フレーム、エンジンまわりのほとんどがここで造られる。
そのほかの部品──例えばタイヤ、ヘッドランプの球、バッテリー──などは協力メーカーから送られてくるのである。これらは完成納入部から受け入れられ、それぞれを必要とする車体組み立てラインヘと送られる。以下順を追って話を進めていってみよう。
編集部註
*1:1976年の時点でホンダは埼玉、浜松、鈴鹿、熊本の各製作所で二輪車を生産していた。鈴鹿製作所は1960年4月にホンダの国内3番めの工場として操業開始。主に小排気量モデルの生産を担ったが、1991年に二輪生産設備を熊本に移管し、以降は軽自動車のNシリーズ、フィットなどを生産する四輪工場として稼働している。
*2:1976年当時タクシー初乗りは280円。
*3:1970年創立。2020年4月にホンダに合併吸収されている。
10秒でダックス1台を造る

エンジン関係から話を進めていこう。ダックスのクランクシャフトは荒削りまでされ工場に納入される。無論、納入以前に材質、寸法などのチェックを受けている。
工場に入ると、さらに精度の高い加工が施される。重要な部分は、寸法的に正しく、まるで鏡の面のように光り輝いている。
片方では、ダイキャスト製のクランクケースを同じ向きにして工作機械に送り込む人がいる。ケースはローラーの上を滑り、自動的にシリンダー面を上に向けられ、2本のスタッドポルトが植え込まれる。
そして片側のケースに入るオイルシール、ベアリングなどの圧入もこのマシンで自動的に行なわれる。人の手を借りるのはケースをこの機械に入れるときと、シリンダースタッドを受け皿の中へ入れるときだけで、あとはすべて機械である。クランクケースの右と左は別々の小組み機でそれぞれが加工される。

左クランクケースがエンジン小組み立てラインに乗せられ流れていくと、これに付随する部品がラインについている人々によって手際良く組み付けられていく。
キックスビンドルを入れると、次はミッションが組み込まれる。メーンシャフト、カウンターシャフト、シフトフォーク、同ドラムなどアッセンブリーになったものが順序正しく箱に入れられ、ラインにたずさわる人の後ろに置かれている。手慣れた手つきでミッションアッセンブリーを出し、ゴニョゴニョとやると、ドンピシャリと左クランクケースに納まっている早業である。ラインについている人は作業慣れによるミスを防ぐためと能率を向上させるため、2〜3ヵ月で持ち場が変わる。勤務時間は2交代制で、1勤と呼ばれる早番が6時55分〜3時30分まで。2勤が3時20分〜1時55分までとなっている。
無論、毎日ダックスばかりを造っているわけではない。1日のうちに普通10〜13機種がラインを流れる。誰からでもひと目で分かるよう、今ラインには何の部品が流れているか、の表示板がある。「表示板を見落としたら……」の心配はいらない。部品が決められた数しか供給されないからだ。そしてカウンターで数えている人もいるのである。
ダックスの組み立てライン

鈴製のラインは小型用が2本ある。ここでは50〜110ccまでのバイクが組み立てられる。4輪工場のほうにはCB550、750のラインがあり日産能力は4,500台、車種別ではダックスの日産能力は500台とのことである。ラインのスピードは機種により多少異なる。一番速いのはロードパルの18秒で1m。ダックスの場合は20秒であり、ラインが2本ということは10秒でダックス1台を造ることになる。

話がラインをそれてしまったが、ミッションの次に組み込まれるのはカムチェーン。続いてクランクシャフトが入れられる。次はクランクケース右カバーが組まれる。
ケースを締め付ける6mmビスは、天井から下がっているインパクトレンチ(圧縮空気を動力とした自動ドライバー)でシューッと締めてしまう。作業が終わると人の手から離れたドライバーは肩の高さのあたりで止まっている。
鈴製のエア・ライン、配線、配管類はみな高い天井に巡らされている。足元が広く使えることはもちろんだが、ラインを移動させやすいレイアウトである。クランクケースが左右組み上げられるとミッションシャフト、キックシャフトなどの出っ張りも多くなる。それまでローラーの上を流れてきたケースは樹脂製の厚いクッションを持つライン上の台へ移される。クラッチアッセンブリーが組み付けられ、エンジンは縦に置かれる。シリンダーベースパッキン、ノックピンが入れられ、シリンダーが組まれる。
「ピストンリングを入れるとき苦労していただろう……」って? とんでもない。なにしろラインは20秒で1m動くのである。簡単なリング押さえを使ってピシャリと一発で決めていた。次は右クランクケースカバーが組み付けられ、そして小さなラインで組まれたシリンダーヘッドが付けられる。ヘッドは4個のナットでクランクケースに締め付けられているが、これは4ヵ所用のインパクトレンチが一緒になった機械で同時に規定トルクで締め付けられてしまう。
ここまででダックスのエンジンは完成である。次に行なわれるのは「車体組み立てライン」における、フレームとエンジンのドッキングである。

車体まわりの部品は、初め鈴製の2階で小組みがされ、完成次第次々1階へ、降下コンベアで送られる。初めに降りてくるのが塗装の仕上がったフレームで、これに完成したエンジンが取り付けられる。エンジンの下にはラインがあり、エンジン下部はラインに固定される。次の降下コンベアではリヤフォークアッセンブリーが送られ、ショック、チェーンとともに組み付けられる。そしてタイヤもだ。

すべての部品に磁石でも付いているのでは?……と疑いたくなるほどドンピシャと組まれていく。そして次にはフロントフォークが降りてきて、最後に配線類をセットしたハンドルが降りてきて組み付けられ、各種ワイヤもセットされる。組み立てラインの終わり近くでビニールをかぶったシートが取り付けられ、天井から吊るされた注入口からわずかの燃料が入れられる。

完成したダックスは20秒に1台のスピードでラインから降ろされ、完成検査員の手に渡る。ここで初めてエンジンがかけられ、数mの試乗と各部のチェックが行なわれる。10台に1台くらいの割りでベンチにかけられ、バワー、スピードメーターをチェックされ、あとは各地へ送られる積載場へ向かう。





ダックスのフレームはプレス製モノコックである。このフレームも鈴製の二輪工場の隣にあるプレス工場で原材料から造られる。
プレスの終わった鋼板は二輪工場内の溶接工程に送られ、小物部品がスポット溶接で取り付けられ、ホンダエンジニアリング製の同時溶接機で左右の鋼板がモナカの皮よろしく溶接される。

塗装は電着、中間、上塗り塗装の三重になっており、400mの塗装ラインはコンピューターによって制御されている。

メッキも素材を治具(ジグ)にかけるだけで、塗装同様すべて自動である。
合成樹脂課では19台の成形機が119点のパーツを月に約180トンの材料から成形している。
鈴製二輪工場の2本のラインにたずさわる人、1,450人はかくして各地にダックスを送り出しているのである。
レポート&写真●モーターサイクリスト編集部 編集●飯田康博
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