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軽二輪の排気量上限「250ccスクーター」登場はスペイシー250フリーウェイから
ホンダ PCXやヤマハNMAX、はたまたヤマハ マジェスティSなど、ボディサイズは原付二種クラスでありながら、排気量は150〜160ccの軽二輪スクーターを街でよく見かける。軽二輪上限250ccとせず、ボディもコンパクトな軽二輪スクーターを見るにつけ、スクーターのトレンドは随分変わってきたなぁと思わせられる。
しかし、そんな街中でも時折みかけるのが、まだまだ現役「オッちゃん+少々くたびれたフォーサイト(250cc)」、あるいはカスタムベースとして目をつけられたのか「若者+小綺麗なカスタムフリーウェイ(250cc)」の組み合わせだ。
どちらも250ccスクーターが「ビッグスクーター」と称されるようになった以前……80〜90年代のモデルであるが、当時の250ccスクーターは豪華さよりも機動力や手軽さが重視されていたように記憶している。というか、軽二輪スクーターという存在が盛り上がってきたのはまさにその時代からなのだ。
それまでスクーターと言えば原付がメインだったものの、80年代ともなるとバイクに乗る若者の増加、旺盛な需要、各メーカーの販売競争など諸々の要因が前向きに働き、軽二輪クラスのスクーターが次々登場していく。
先鞭をつけたのはホンダだ。1984年8月にホンダのスクーターカテゴリー、スペイシーシリーズの最上級モデルとしてスペイシー250フリーウェイ(型式名MF01)が登場。
当時の国産メーカーで最大排気量のスクーターだったが、かといってボリュームや風格を重視したモデルではなかった。オートマチックの手軽さに見合うのは、扱いやすい車重と車格という考えが根底にあったようで、車両重量は126kg、全長1920mm、ホイールベース1260mm。つまり同クラスのロードスポーツよりもコンパクトさを指向していたのがわかる。
その後、同車は1989年6月にモデルチェンジ。車名からスペイシーが消え、フリーウェイ(型式名MF03)となった。それまでシート下かその後方に置くのが定石だった燃料タンクをフロアステップ下に配置しつつ、ヘルメット2個が収容可能な32L容量のシート下収納を設けるなど、小柄な車体ながらも利便性を高めてスマッシュヒット。
車体サイズは全長1840mm、ホイールベース1300mm、車重は145kgで、これも同クラスのスポーツモデルよりもコンパクトだった。
ホンダ スペイシー250フリーウェイ(1984年登場)

新設計の244cc水冷4サイクル単気筒を搭載し、スペイシーシリーズ最上級モデルとして1984年8月に登場したスペイシー250フリーウェイ。8.6L容量の燃料タンク、大型リヤキャリア、キーロック付きフロントインナーボックスなどを標準装備していたが、ヘルメット収納部の確保はまだ一般的ではなかった。
最高出力20ps/7500rpm、最大トルク2.2kgm/5500rpm、当時の新車価格は33万8000円。
ホンダ フリーウェイ(1989年登場)



スペイシー250フリーウェイの進化版として1989年6月に登場したフリーウェイ。シリンダーを水平に配置した244ccの新開発水冷4サイクル単気筒+フロアステップ下燃料タンク(9.2L容量)などのレイアウトにより、ヘルメット2個収納が可能な32L容量のセンタートランクをシート下に内蔵。
最高出力20ps/7000rpm、最大トルク2.2kgm/5500rpm、当時の新車価格は39万9000円。
ヤマハ シグナスXC180(1982年登場)

1968年に退場したラビット以降は長らく不在だった国産軽二輪スクーターだが、久々に新登場となったのは1982年のヤマハ シグナスXC180だった。同車が目指したのはプレミアムなコンパクトスクーターで、171ccの空冷OHV単気筒エンジンを搭載。
15ps/7300rpm、1.5kgm/6000rpmの性能を発揮するエンジンは専用設計、車体も専用で相応に気合いの入ったモデルだった。しかし、空冷ゆえの熱対策で苦心したほか、時代背景的に高性能化へ突き進んでいた当時は、大きく話題になることなく一代限りで終了となった。当時の新車価格は28万9000円。
ゆったり大柄路線のアプローチ「ホンダ フュージョン」
80年代の国内バイク市場は、好景気も追い風に続々と新車の開発投入を繰り返していた時期。フリーウェイが登場する少し前の1986年に、ホンダは全く雰囲気の異なる250スクーターのフュージョン(型式名MF02)も投入していた。
「市街地走行や長距離ツーリングが二人でゆったり気軽に楽しめる」と新感覚の250ccスクーターを標榜したように、こちらは車高を低くして全長を長く取り、二人乗りのしやすさを具現化した。
全長は2265mm、ホイールベースは1625mmと極端に長く(同クラス250スポーツモデルよりもはるかにビッグサイズ)、車両重量は168kg。当初は奇異に見られて、大ヒットとはならなかったフュージョンだが、250スクーターの新たな形態として、時代の先取り感はあった。実際、大柄なフロントボディとともにフレーム(車体)にマウントされた液晶メーターパネルは、後に続く豪華系250スクーターの萌芽だったのは間違いない。
そして一方のフリーウェイは、全長をコンパクトにした軽快なフォルムに加え、ハンドルマウントされたメーターが特徴。いわば、ハンドルを切ると同じようにメーターパネルも同時に向きを変える方式……と言葉ではわかりづらいかもしれないが、現行のベスパシリーズは今でもこの形態を取っているように、コンパクトスクーターの代名詞のようなスタイル。
こうした軽快なサイズ感は今の150〜200cc軽二輪スクーターに通ずる面もある。
ともあれ、ホンダのフリーウェイとフュージョン、この2台が80年代半ばから始まった250スクーターブームの起点となったのは間違いないだろう。
ホンダ フュージョン(1986年登場)

ホンダ軽二輪スクーター第2弾として、1986年4月に登場したフュージョン。1625mmの長いホイールベースと665mmの低シート高で、二人乗りでもゆったりとした快適な走行性能を確保。燃料タンクも長距離走行に向く12Lとされた。二輪車初のカラード液晶デジタルメーターや、防風効果の高いフェアリング&大型スクリーンなども大きな特徴だ。
エンジンはスペイシー250フリーウェイ系の244cc水冷単気筒で、最高出力20ps/7500rpm、最大トルク2.2kgm/5500rpm。価格49万9000円。
レポート●阪本一史 写真●ホンダ/八重洲出版 編集●上野茂岐