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BMWのスクーター・Cシリーズの1号車「C1」
BMW Cシリーズといえば、400ccクラスのC400X、C400GT、そして2022年4月に発売となる電動スクーターのCE 04がラインナップされる、BMWのスクーターファミリーだ。「C」という文字に込められた意味は「コミューター」で、市街地を快適に駆けぬける乗り物をさしている。
そんなCシリーズの元祖は、2000年に発売された「C1」で、BMWらしさにあふれる独自機構が満載された革新的スクーターだった。
BMW C1はスクーターと言うより、クルマに近い設計思想だった
「革新的スクーター」と書いたが、厳密にいうとC1は単なるスクーターではない。BMWの言葉をそのまま記すと「2輪車の長所と自動車ならではの安全装備を持つ、まったく新しいタイプのクルマ」だ。
一見するとC1は、大きなルーフを持つスクーターだ。日本でもよく見かける、デリバリー用の屋根付きスクーターである。しかしC1のそれはライダーを雨に濡らさず、風から守るためのルーフではない。もちろん風雨からライダーを保護する役割も果たしているが、それは副次的な効果にすぎない。
C1のそれは、クルマのピラーやルーフであり、レーシングカーやラリーカーが備えるロールバーのようなものだ。つまり、転倒の際にライダーを衝撃から保護し、路面と接触することを防ぐためのケージなのである。
BMWがC1に込めたコンセプトは、「自動車ならではの安全性」だ。それを追求した結果、C1はヘルメットを装着せずともライダーの安全を確保できる性能を獲得している。そう、C1はノーヘルで乗れるスクーターなのだ。
お膝元であるドイツはもちろん、スペイン、フランス、イタリア、スイス、オーストリア、オランダなどヨーロッパ諸国でも、乗車に際してヘルメット着用を免除という特例が認められた。BMWはそのために、衝突実験を幾度となく繰り返して安全性を実証した。自動車用では正確な試験結果が得られないため、C1専用のダミー人形を製作したほどで、数々の安全機構によってヘルメットを着用せずともライダーを保護できる構造を完成させたのだ。
しかし日本ではBMWの努力が認められることはなく、そのため正規輸入されない悲運のモデルとなってしまった。いわゆる並行輸入されたC1が上陸したが、その台数は定かではない。少数であることはたしかで、中古車として流通している台数は極端に少ない。
BMW C1がヘルメット不要であるほど安全とされた理由
さて、ではC1がどのような構造でヘルメット不要での安全を確保していたのかを見てみよう。
いや、正確にいうとヘルメット不要というよりは、ヘルメットを着用していると危険で、BMWはC1乗車時にはヘルメットを着用しないようアナウンスしていた。なぜかというと、衝突や転倒時の衝撃によってヘルメットが頚椎に負荷をかけてしまうからで、それほどシビアな安全設計がなされていたのである。
- フロントホイール上部の衝撃吸収エレメント
- 衝撃吸収用追加部品としてのBMWテレレバー
- ドライバーのセーフティセルとなるメインフレーム
- ヘッドレスト付き専用シート
- 2本のシートベルト
フロントホイール上部の衝撃吸収エレメントとは、一見するとフロントフェンダーに見えるパーツのことだ。フェンダーにしては形状が大きいこの部分には、ポリプロピレン製の硬質フォームを内蔵している。これはフレームに直接固定されているため、正面衝突した際のエネルギーを変形することで吸収する。
テレレバーはBMW独自のフロントサスペンション機構で、現在でもR1250GSを代表するボクサーエンジン搭載シリーズに採用されている。
テレレバーにはAアームと呼ばれる支持材が用いられているが、所定の位置に破断点を設けており、衝突時にここが衝撃を緩和するのだ。もちろん、テレレバーは走行安定性に優れるサスペンション機構でもあり、C1の走行性向上にも貢献している。
メインフレームはプレス加工したアルミでできている。ロールバーとして機能するルーフフレームはクランプでメインフレームに連結され、乗車したライダーの肩から上腕にかけて配置されるショルダーバーもメインフレームに連結されている。ショルダーバーは、C1が横方向に転倒した際に、ライダーの頭部や肩と路面の間に70mmの安全空間を生み出すのだ。
シートの前部には衝撃吸収フォームが内蔵されている。さらに座面の前方を高くすることによってアンチサブマリン効果を生み出し、衝突時にライダーがシートベルトの腰部分からすり抜けないようになっている。
C1にはシートベルトが備わっているが、自動車よりも安全性の高い「3点式+2点式」という2本のシートベルトを採用している。
つまりライダーの肩から腰をX字状に固定し、腹部にも一文字にベルトを掛けるのだ。具体的には、左肩から左右の腰を留める3点式と、右肩から左腰を留める2点式が組み合わされている。これによりシートにしっかりと固定し、転倒時はロールケージ内部にライダーをとどめ、落車させない仕組みだ。また、シートベルトを着用しないと、エンジン始動はできるが発進できない安全機構も備えている。
パッセンジャーシートを装着すれば2人乗りもできるようになっているものの、その安全性が保たれるのはライダーだけだ。そのためBMWもタンデムを積極的に勧めることはせず、後部にはトップケースを装着することを前提としていた。
そのような革新性に満ちていたC1だが、欠点もあった。ルーフフレームにアルミ材を用いただけでなく、フロントパネルには合わせガラスを使っていたことで車体上部が重く、車体バランスが非常に高重心だったのだ(ただし耐荷重は1.5tという強度を持つ)。
さらに搭載するエンジンは125cc単気筒のため、とくに低回転時のパワーとトルクはその車重に対して不足していた。そのため、一般的な125ccスクーターのような機敏さがなく、小さなカーブやUターン時にバランスを失しやすかった。
BMWもそのあたりは考慮していたようで、C1にはサイドスタンドがなくセンタースタンドだけが備わる。サイドスタンドでは自重を支えきれなかったのだろう。
センタースタンドは乗車したまま上げ下げする仕組みで、手でレバーを操作する複雑で手間のかかるものとなっている。しかもそのレバーは2本あり、センタースタンドを上下するためものと、フロントサスペンションストロークを調整するためのものに機能が分かれている。
停車時は、まずセンタースタンドを下ろしてから、フロントサスペンションをレバー操作で縮ませる。すると前輪が浮き上がってセンタースタンドが接地する仕組みだ。
その後、排気量を176ccとして走行性能向上を果たしたC1 200が発売されたが、セールスは芳しくなかったのか、C1の生産は2000年から2002年という短期間で終了した。2009年には電動化したコンセプトモデル「C1-E」を発表したが、BMW初となる電動スクーターはC1-Eとはまったく異なるデザインの「C Evolution」だった。
176ccエンジン版の「BMW C1 200」
コンセプトモデルのみで終わった電動版「BMW C1-E」
車両生産はベルトーネが行っていた「超貴重車」でもあるBMW C1
屋根付きスクーター。安全性を徹底追求したロールケージ付きスクーター。あるいはタイヤが2つしかないクルマ、またはオープンカー。C1をひと言で表すなら、そうした表現がいくつか思い浮かぶ(もっとも現在市販されているR1250RTやK1600GTLにも、タイヤが2つしかないクルマという比喩はわりと当てはまる)。それはさておき、いずれにしてもBMWは、ひとりの人間が市街地を快適に移動し、しかも駐車スペースに困らないほどコンパクトで、さらに安全性に優れる乗り物というコンセプトを忠実に実現した。それがC1という乗り物だ。
BMWは創業100周年を迎えた2016年、「ビジョン・ネクスト100」(100年先の展望)として、自律走行による事故回避機能によってヘルメットの要らないバイクのコンセプトを発表した。現在ではまだ実現不可能な乗り物で、超えなければならない技術的な壁はいくつもある。あえていえばサイエンスフィクションといえなくもないが、それほどまでに安全性を高めなければ100年後の未来にバイクという乗り物は存在できない、という危機感の裏返しでもある。
短命に終わったC1だが、そのコンセプトはBMWが長年貫いてきた哲学でもあり、ビジョン・ネクスト100にも脈々と受け継がれている。
ちなみにC1のエンジンは、エンジン設計を専業とするオーストリアのロータックス製をベースにBMWが改良を施したもので、車両生産はランボルギーニやフェラーリ、ランチアなどの生産も手がけたイタリアの小規模量産メーカーであるベルトーネが担っていた。
そうした観点から見てもC1の希少価値は高い。もしもどこかでC1を見かけることがあったら、そのときはこうした開発背景、実現した安全性、そしてBMWの哲学に思いを馳せてみるとバイク趣味への思いも深まるだろう。
BMW C1主要諸元(欧州仕様)
※【】内はC1 200
[エンジン・性能]
種類:水冷4サイクル単気筒DOHC4バルブ 最高出力:11kW<15.2ps>/9250rpm【13kW<17.7ps>/9000rpm】 最大トルク:12Nm<1.22kgm>/6500rpm【17Nm<1.73kgm>/6500rpm】 排気量:125cc【176cc】
[寸法・重量]
全長:2075 全幅:850 全高:1766 ホイールベース:1488 シート高701(各mm) タイヤサイズ:F120/70-13 R140/70-12 車両重量:185kg タンク容量:9.7L
レポート●山下 剛 写真●八重洲出版/BMW 編集●上野茂岐