ヒストリー

我ら、10万㎞クラブ 〜最終回〜 HONDA CBX1000[1982]

数多くのバイクを乗り継いだ先にたどり着いた10万㎞!

 

小誌『MCクラシック』の前身、『別冊オールドタイマー』24号(’17年1月号)の「ガレージを訪ねて」で、間口1.2×奥行2.5mのスペースにCBX1000とXLR250バハを収納し、そこでエンジンを降ろして修理をしていた猛者がいたのを覚えているだろうか? 夏になると鈴鹿や北海道に足しげく通い、30数年かけて10万㎞を達成した。

文と写真/大本 健

 

本格的なバイクライフ!?

 

「とりあえず、ちっちゃいのに乗ってみよう!」
 最初はそんな程度だった。16歳のとき、すでにタクシー会社で働いていた荒川さんにとって、バイクのイメージは近所の人が乗っているスーパーカブで、自分が大きなバイクに乗るとは夢にも思っていなかったと笑う。原付免許を取りに電車で品川へ行くと、駅前にトーハツのランペットCA2が並べて置いてあった。一文字ハンドルにミニカウル、ロングシートにゼッケンプレートが付いたランペットを見て、荒川さんはひと目ぼれした。
「これいいじゃん! 今売ってもいいくらいカッコよかったし、色も鮮やかなスカイブルーで、しかもトーハツが倒産した後で安かったんです」
 それでも給料の半年分をつぎ込んだ。
「最初は近所を走る程度だったけど、CB72やCB90に乗ってた同級生に箱根ツーリングに誘われて、一緒に走ってたら自分だけスピード違反で捕まっちゃって……。これは自動二輪を取るしかねえなあって」
 それで買ったのが、250ccのスズキT20。

17歳のころ乗っていたスズキT20

 

「いろいろ調べたらスズキは技術的にすごいことがわかって、格好はイマイチだけど性能的にいいからT20にしようって」
 T20では、通勤やツーリングを楽しんだ。18歳になったころ、荒川さんは自宅近くのバイク屋でメカニックとして働き出す。それが本格的なバイクライフの始まりでもあった。

 

10年で10台の新車に乗る!!

 

20歳で手に入れたボンネビルT120R

 1年半後に手に入れたカワサキA1(250cc)は、性能とカタチが魅力だったという。
「第三京浜で全開にしたら、プラグが溶けてピストンに穴が開いちゃって」
 そして、今度はなんとトライアンフの650ccツイン、ボンネビルT120Rに乗り換えた。
「知り合いに乗せてもらったらすごくおもしろくて。でもオイル漏れはするし、バッテリーはすぐダメになるし、アクセルワイヤーもよく切れて……」
 パーツが入らないので、ヤマハXS1(650cc)のワイヤーをハンダ付けして作った。
「友達のK0とかW1Sなんかと一緒にツーリング行って調子こいていたら、バルブが飛んで壊れちゃって! そのままで引き取っていいっていうお店があって、初期型のマッハⅢが買えたんです」
23歳になっていた。カワサキマッハⅢ(500cc)のパワフル感には満足したが、ドラムブレーキの効きの悪さには閉口した。
「バンク角もなくて、右に倒すとマフラーを擦っちゃうんですよ」
 ディスクブレーキ装備のマッハ750SSに乗り換えると、マフラーも擦らずに峠でブッチギリだったと笑う。だが、夏休みに友達と九州に行った際に右シリンダーが被ってしまい、途中からプラグを6番に換えてワッシャーを1枚はさんで帰って来た。オイルポンプの不良だった。
生来人と同じものを好まない荒川さんは、次にヤマハTX750を選ぶ。
「そうしたら650より遅いし、ヘッドからオイルが噴出しちゃうわで、結局ニューマッハに乗り換えました。ディスクブレーキになってたけど、初期のパワフル感はなかった!」
 翌年の北海道ツーリングを計画する際、以前に九州の砂利道でコケたことを思い出した。
「マッハ750はブレーキ効かなかったし、2サイクルじゃないほうがいいかなあって思ってたら、Z2(750cc)が出るっていうんで2カ月待って買いました」
 Z2で北海道を走ったが、宗谷岬へ行く途中で悪路に阻まれ断念した。
「次はオフ車で行くしかないって、ホンダXL250を買ったんですけど、イマイチ調子が悪くてダメでした」
 このころ友達のBMW・R75を借りる機会に恵まれた。
「ビーエムに一度は乗ってみたかったですね。R90Sが出たんで’76年に給料を100万円前借りして買いました」

BMW R90Sは給料を前借して27歳で購入。すべて新車だが、R90Sのときに初めて車検を通したというほど、頻繁に乗り換えていた。

 R75が寸詰まりな感じだったのに対し、R90Sはすうっと流れる感じでミニカウルも付いていてカッコよかった。ここまで10台以上のバイクを乗り継いできた荒川さんだが、すべて新車で、継続車検を通したことがなかった。

 

CBX1000だけで3台

 

 R90Sには4年乗った。
「取っ掛かりが2ストのせいか、ホンダにはあまり目が行かなかったです」
 しかし、メカニックとして多くのバイクに接することで、見方が変わっていった。
「総合的にホンダが優れているんだなぁっていうのがわかってきて……」
荒川さんはレース観戦にも興味があり、富士や筑波へ頻繁に通った。その中で忘れられないシーンがある。
「昔ホンダが6気筒でレースに出ていたころに聴いた音がすごくよくて、一度は乗ってみたいって。それで’80年にCBX1000を買ったんです」
 色は赤。荒川さん31歳のときである。独特のフィーリングに酔い知れる一方で車体がブレる違和感もあった。
「ホイールバランスを取り直したり、ベアリングを替えたりいろいろやったけど、初期のCBXは6気筒のエンジンに見合う車体もフロントフォークもなかったんでしょうね……」
 当時逆輸入車は少しでも改造すると車検に通らないと言われていた。そこで、’82年モデルが出るとすぐに乗り換えた。
「このころ家を改築して、CBXが入るガレージを無理やり作ったんです」 
 それが冒頭の『別冊オールドタイマー』に登場したガレージだ。
「2台目のCBXに6年乗ったころ、もう一度ビーエムに乗りたくて’88年モデルのK100RSを買ったんです。でも2カ月で嫌になっちゃって(笑)」
 そして10万㎞を達成することになる3台目のCBXを’86年に購入する。不惑の年を迎える前年の夏だった。

 

7万5000㎞でのOHを経て

 

「たまたま見てた雑誌に、最後の1台ありますって。そこの店の社長が自分が苦労して手に入れた最終型だから、東京近郊の人にしか売りたくないって」
 輸入してから6年間ずっと箱詰めされていた、’82年モデルだった。
「6気筒っていうのはやっかいで、たった2気筒増えただけなのに4気筒と比べ物にならないくらいコストは掛かるし、修理もめちゃめちゃ大変。でも乗り味が全然違うんです。6気筒独特の滑らかさと6000からの回転が上がる感じがいい」
 7万5000㎞になるまで、大きなトラブルはなかった。最初は不調の原因がわからず点火系統のパーツを換えたり、6つあるキャブをOHしたり……。最終的に圧縮を測って5番シリンダーが抜けていることが判明した。
「バラしてみたら排気バルブが欠けていて、ボーリング屋でバルブシートを換えてもらおうと思ったら、全然ガタもないから大丈夫だって言うんです」
 CBX専門店に修理を依頼すると100万円は軽く超えると言われたので、荒川さんは自宅の狭小ガレージでエンジンをOHすることにした。ボーリング屋に20万円、パーツ代45万円で収まったという。
「7月上旬にパーツがそろって、鈴鹿8耐に行く前の週の土曜日に組み上げて、翌日エンジンを載せて何とか始動させ、水曜日に試運転してオイル交換してから週末に鈴鹿へ行ったんです」
 鈴鹿から東京に戻ると、すぐに青森まで走って北海道へ渡った。それで約4000㎞を走行。
「OH前の燃費がツーリングで12㎞/ℓ、都内だと5~6㎞/ℓだったのが、平均で15㎞/ℓ、北海道では最高17㎞/ℓ走りました。北海道は何度行っても飽きないです。日本全国3分の2はまわったけど、いろいろ考えても北海道が一番いい」

 

サイドバッグで奇跡の生還

 

「事故がなかったら、10万㎞も北海道で達成だったでしょうね。でも何年か前鈴鹿に向かう途中、新東名のトンネルでコケたんです!」
 通常の速度で走っていれば何の問題もないが、荒川さんの気持ちのいい速度で走ると、タイヤによっては走行中ブレが出るらしい。転倒したときのタイヤは以前同じスピードで走っていて大丈夫だったのだが、経年劣化のせいか、荷物をいっぱい積んでいたせいか突如異常なブレが出て来たそうだ。
「アクセル戻したりブレーキ掛けたりハンドルを抑えたり、必死でしたけど、どうにもならなくて! うまくストーンって倒れる感じで滑って、バイクも自分も大したことがなかったんです」
 救急車で運ばれたが、脳波も内臓も異常なしで翌日には開放された。
「奇跡だって! 医者もびっくり、自分もびっくりですよ(笑)。さすがに鈴鹿も北海道も行けませんでしたけど」

 16歳から20台以上バイクを乗り換えてきた荒川さんだが、このCBXには30年以上乗っている。
「いろんなバイクが出て性能的にはいいんだけど、あんまり面白みがないっていうか。特にインジェクション車は4気筒も2気筒も単気筒も同じような感じになっちゃって……」
 CBXは重いのだけが難点で、それ以外は何の不満もない。7万5000㎞のOH後は、これなら10万㎞行けるだろうと意識し達成したいと思った。
「10万㎞達成は事故の翌年に行った北海道の帰りで、青森の下道でした。やっとなったって感じでした」
 2年前の夏に北海道へ行ったとき、首に痛みを感じるようになった。ここ数年は体力的なこともあって、CBXで出掛ける機会が減っている。
「よくここまで乗れたなぁって。CBXの魅力は6気筒の独特のフィーリングです。乗ってみないとわからない」
 仕事の関係で富士や筑波、もてぎや菅生のサーキットをCBXで走れたのもいい思い出だと語る。特に富士で240㎞/h出したのが忘れられない。
「バイクに乗ってたお陰で、いろんな人たちとも出会えましたね」
 CBXは荒川さんの人生の一部であり、走り続けた軌跡そのものなのだ。

 

 

■荒川 和夫さん  
1949年1月東京都中央区月島生まれ。生粋の江戸っ子で70歳。50年近く月島のバイク屋でメカニックを務め、10年前に定年を迎えた。再開発で移転を強いられていったんは近辺に住むが、よりよいバイクライフを求めて千葉県白井市に引っ越す。CBXのほかにXR250バハ、モンキーバハアドレスV110を所有。バイク以外の趣味は昔でいうレコード鑑賞。ZARDからAKB、洋楽までいいと思うものは何でも聴く。

HONDA CBX1000[1982]
●北米と欧州向けの輸出専用車。サイドバッグは北米仕様にのみ標準装着。ハンドルの位置も約10㎝高いが、荒川さんの好みで欧州仕様の低いものに換えている。タイヤは約1万㎞で前後ともに交換。パッドは約5万㎞で交換するがディスクローターはまだ換えていない。ヘッドライトはHID、ランプ類はすべてLEDに換えている。ホイールベースが長く重いのが難点だが、あとは何の問題もない。最近は体力面の不安で乗る頻度が落ちたのを気にしている様子で、将来的にはどこか飾ってくれるところがあれば手離してもいいと話す。取材時の走行距離は10万9411㎞。
■空冷4サイクル並列6気筒DOHC4バルブ ボア・ストローク64.5✕53.4mm
 総排気量1047cc 最高出力100ps/9000rpm 最大トルク8.5kgm/7500rpm 乾燥重量277kg

 

 

■VIVA、10万㎞クラブ 
~編集後記に代えて~
 普通に乗っていれば1台のバイクで10万㎞走るというのは、そうたやすいことではない。そこにはその人の生きてきた歴史があり、代え難い大切な思い出がある。そんな物語を少しでも伝えられたらと綴ってきた『我ら、10万㎞クラブ』も、今回をもってひと区切りとなりました。10万㎞を達成しているが紹介できていない方はもちろん、目指している最中の方々には本当に申し訳なく思います。また何かの機会で皆さまを紹介できることを、この連載を引き継いだ者として切に願う次第です。長い間ご愛読いただき、誠に有難うございました。           (大本)

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