ヒストリー

「モリワキZ1」第1回鈴鹿8耐参戦マシン、悲運に泣いたゼッケン3番車の中身とは?

Z1 モリワキ 8耐

モリワキZ1は第1回鈴鹿8耐に2台出場していた

例年7月に開催され、バイクファンからは「夏の風物詩」と言われてきた鈴鹿8時間耐久レース。
2020年は新型コロナウイルス拡大の影響で中止、今年2021年は11月に開催が予定されている。

そんな鈴鹿8耐だが、第1回が開催されたのは1978年のこと。
当初、優勝候補と目されていたのはヨーロッパで無敵を誇ったホンダの耐久レーサーRCB勢。しかし不運にも全車がリタイアし、最終的に優勝したのはヨシムラGS1000──というエピソードは多くの人の知るところであろう。

そのヨシムラGS1000とトップ争いを繰り広げたのが、ヨシムラ同様、日本のバイクチューニング史に名を刻むモリワキのZ1だ。
モリワキZ1は2台が出走。グレーム・クロスビー選手/トニー・ハットン選手のゼッケン1番車はレース終盤でガス欠してしまうものの、ハットン選手が約2kmマシンを押してピットに戻ると、そこからクロスビー選手が驚異の追い上げを見せ3位入賞という成績を残した。

ヨシムラGS1000と1-2態勢でトップ争いを続けたモリワキZ1のゼッケン1番車。写真のライダーはグレーム・クロスビー選手。
モリワキZ1のゼッケン1番車の給油中の様子。赤いレーシングスーツがトニー・ハットン選手、青いレーシングスーツがグレーム・クロスビー選手。

もう1台はレニー・コー選手/真田哲道選手のゼッケン3番車。
レース本選では上位を快走していたが、終盤のピットイン時にチェーンが切れ、クランクケースよりオイル漏れを起こしリタイヤ。完走はできなかったが、最終的な順位は26位となっている。

その悲運に泣いたモリワキZ1・ゼッケン3番車の貴重な姿を、モーターサイクリスト誌が鈴鹿8耐終了後の1978年10月に改めて取材・撮影していた。
以下はその記録に基づいたレポートである(撮影車両は本選時と異なったゼッケン番号、タンク、マフラーエンドが装着されている)。


「モリワキZ1」1978年鈴鹿8耐参戦、ゼッケン3番車

モリワキZ1のゼッケン3番車。写真のライダーは真田哲道選手。

トニー・ハットン/グレーム・クロスビーのゼッケン1番車と3番車では少々違いがある点にまず注目したい。
外観からわかるのは、3番車はカムカバーがシルバーになるほか、オイルクーラーに繋がるホースの取りまわし、フロントカウル形状、シート形状などが異なっている。

エンジンはボアを3.4mm広げ、ボアストロークを69.4mm×66mmとした998cc。ボンネビルカムシャフトが組み込まれているほか、カムチェーンはゴールド製を使用。また、吸気/排気バルブとも直径を1mmアップするなど改造箇所は多岐にわたる。

一方、ピストンやクロスレシオの5速ミッションは当時ヨシムラより市販された部品で構成されており実質的にはスプリント用エンジンなのだが、モリワキ代表・森脇 護氏によれば「基本的に耐久性の高いエンジン」ということで問題はなかったのだという。
ただし、クランクシャフトは強度を確保するためクランクピンの直径を2mmアップさせている。

ゼッケン番号は変わっているが、1978年の第1回鈴鹿8耐を走ったゼッケン3番車そのものの個体(1978年10月撮影)。

フレームはZ1ベースで、ステアリングヘッドを一度切断し、キャスター角が2度寝かされた。スイングアームは角型断面の特注品で、チェーンは630サイズを使用。
ブレーキホースはレース中の作業時に傷が付きにくいよう、工作機械用のメタル製のものが用いられていた。1番車同様、シートはトーキョーシート製。

フロントブレーキはパッドを8時間ノーチェンジで保たせるため、スタンダード品を使用。しかし、リヤはロッキード製をフローティングマウントしたスプリント仕様となっていた。
サスペンションはカヤバ(現KYB)のスペシャル品で、フロントは1kg/cm2のエア入り、リヤは窒素ガス入りの倒立式という組み合わせだった。

予選時のモリワキZ1ゼッケン1番車。シート形状やオイルクーラーの取り回しが3番車とは少々異なる。

まとめ●上野茂岐 写真●八重洲出版『モーターサイクリスト』

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