より多様化していく「変わり種バイク」たち
そんななか、1978年にホンダが発売したシャレットは画期的だった。チェンジ操作が不要なVベルト方式を採用し、ロードパルやパッソルと違い太いメインフレームが高い位置に配置することで、よりしっかりした車体になっていた。
しかし、人気モデルとは言い難く、“変わり種バイク”の域を脱することはできなかった。

シャレットに続き、1979年にヤマハが発売した2機種、マリックとリリックも同様だ。マリックは自動変速2ATを採用、リリックは変速なしの仕様でリリースされたが、残念ながら本家パッソルには及ばなかった。


続いて1979年にはホンダがカレンを発売。ユーディーで追随したスズキは1980年にスージーを発売している。

これら一連の「ソフトバイク」は女性向けに発売されたもので、一様にフロントバスケットを装備して「お買い物に便利」なことを訴えていたのも特長といえるだろう。
だが1980年にホンダがタクトを発売したことで、ステップボードとレッグシールドが一体になったスクーターが大ブームになる。ソフトバイクたちは新車ラインナップから、人気モデルの座を明け渡すことになる。
ただ、それまでに発売されたソフトバイクたちは中古車として市場にあふれかえり、1万円〜5万円前後の低価格で流通。安価な入手しやすい「足」として、当時の高校生たちを多いに喜ばせた。
ちなみにスクーターブームの立役者であるタクトのリリース前である1980年1月に、スクーター然としたスタイルをしたソフトバイクとして、スズキがスワニーを発売していた。

2ストエンジンと2速ATを組み合わせた構成はソフトバイクそのものだが、低いステップボードと一体のレッグシールドがスクーター全盛時代の到来を予感させた。いかんせん生まれるのが早かったか、さほど話題に上ることもなく時代の波にのまれていったのであるが……。
ホンダ・タクトの登場でさらに増える「変わり種スクーター」
タクトの登場で、本格的に火の付いたスクーターブーム。もちろんホンダの独走を、他メーカーが黙って見ているわけはなかった。
ヤマハは1980年3月にはフレームが高い位置にありフロント16インチ・リヤ14インチタイヤを採用してバイクらしい出で立ちのソフトバイク、タウニィを発売。

続く5月には3速ATと3.6psエンジンによりクラスを超えた走りを実現するポエットを発売している。どちらもタクトのブームには遠くおよばなかったが、珍しさという意味で貴重な存在である。

さらにこの年、ヤマハはどうしてもホンダ・モンキーに打ち勝つレジャーバイクが生み出せない状況を打破しようとしている。
なんと6インチの極小タイヤを履きGT50系エンジンを3psにまで出力ダウンしたポッケと、同じ車体に8インチタイヤを履くフォーゲルを、それぞれ発売しているのだ。まだスクーターに踏み切れていなかったということもあるだろうが、なんとかしてホンダの牙城を崩そうと奮戦している様が見て取れるのではないだろうか。

タクトが大いに売れた1981年だが、ヤマハは5月にパッソルをスポーティな装いにしたパセッタを発売する。とはいえ中身はパッソルゆえ、タクト追撃というわけにはいかなかった。

ヒット作・タクトの影に隠れた迷車たち
この時代、ホンダはまさに奇想天外なモデルを数多く発売している。
タクト人気に支えられホンダはこの年、今では大人気モデルだが非常にユニークなモデルを発売する。同時に発売された4輪シティのトランクに積載可能という触れ込みのトランクバイク、モトコンポを発売したのだ。

重量わずか42kgで折りたたみ式ハンドルやステップなどを採用していた。でも、あまりに売れず原価割れで叩き売られたというエピソードは有名だ。
モトコンポもユニークだったが、さらに11月にはリヤ2輪としたスリーターのストリームを発売するのだ。

斬新なスタイリングでリヤ2輪に被さるカウル内にエンジンユニットを収納。バックレスト付きシートは3段階に調整まで可能だった。
原付レジャーバイクがこれほど面白かった時代は後にも先にもないだろう。なにせここで紹介した車種はほんの一部で、ユニークなモデルはまだまだあったのだから。
ソフトバイクが一大ブームになり、タクトによるスクーターブームへ発展するまでの間には繋ぎ的モデルや余剰部品で組んだようなモデルまで様々だったのである。
だが、この後に時代はスクーターへ移っていく。次回は1982年以降の変わり種をスクーターメインで紹介しよう。
(text:増田 満/まとめ:モーサイWEB編集部)
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