手間は掛かるが、バイクとより密接に付き合える
化石燃料を燃やして走る内燃機関(ガソリンエンジン)は、昨今徐々に高度な環境性能が求められている。それをクリアすべくメーカーは新型車を開発したり、既存モデルを改良してきたのだが、内燃機関のバイクをなるべく長く乗り続けたい自分としては、その取り組みは大変有難い。
電動化されたMC(バイク)の時代がいずれ来るだろうが、そこに楽しみを見出せるかどうか自信がないからだ。
そしてもうひとつ、旧車も好物なオヤジのわがままを言えば、昔ながらのキャブレター車が大好き。そこで、今一度これを振り返ってみようというのが、当記事のテーマだ。
今では買えないキャブレター車
現行の国産モデルの中で、キャブレター車が皆無なのはご存知だろうか(一部の新興国向けモデルは例外)。新規モデルはもちろん、既存モデルでもFI(フューエル・インジェクション)化の大改革が行われたのは2008年のこと。
この年を境にキャブレター装着モデルは軒並み生産中止もしくはFI化されたのだが、それは新規排出ガス規制への対応が迫られたから。
規制の詳細にはここでは触れないが、この時期にロングセラーモデルのヤマハ・SR400やカワサキのWシリーズなどにもメスが入れられた(カワサキのW650やW400は2008年に生産中止。2010年に、W650をFI&大排気量化したW800が登場したが2016年モデルを最後に生産中止。SR400のみFIモデルが継続販売)。
このように、2輪車のFI化は止めることはできない流れであり正常進化だが、キャブレター車がFI車に比べて悪いことばかりかというとそうともいえない。環境性能での批判はここではご容赦いただき、FI車では味わえないキャブレター車の魅力は何なのか? 本題に入りたい。
キャブレター車の肩を持ちたい理由
筆者はバイクメカニズムについての専門家とまでは言えないが、16歳からバイクに乗り続けてきたアラフィフライダーだから、キャブレター車との付き合いは長い(現所有モデルは2台ともキャブ車)。
長年バイク雑誌の編集部に所属していた仕事柄、1990年代以降からのFI車にも多数乗せてもらい、目覚ましい進化と機能の充実を実感してきた。
しかし、それでも環境性能、燃焼効率面で勝ち目のないキャブ車の肩を持ちたい理由は以下の通りだ。
【天候や気温などの影響を受ける】
キャブレター車の性能は、ある程度、天候(気温、湿度、気圧)などの諸条件に左右される。
例えば、平地から高地へ行くと、少し吹け上がりが悪くなったりする(気圧が下がって空気密度が低くなり、混合気が濃くなるため)。また、気温が低いと、空気密度が高くなって混合気が薄めになる(ややトルク感がなくなるなどの症状がでる)。
このような状況下で、こだわり派の中にはキャブのスクリュー調整やジェット交換などで変化を楽しむ向きもいる。だが、大概はそこまでしなくてもエンジンの調子を見ながら、それなりに走らせればいい。
無理に回すのでなく、エンジンの調子なりに適切に操作してやるのだが、一緒にひと山越えれば「頑張ったな、お疲れさん」とバイクにひと声かけたくなる。
寒い日には始動時にチョークレバーを引いて暖機し、暑い日はFI車以上に適度にエンジンを冷やす気遣いなども必要。こうしたキャブレター車ならではの症状は、手間かもしれないが、逆にバイクと対話しているようで悪い感じではない。
ほかにも雨上がりのひんやりした時は、エンジンのピックアップがよく感じられたりもするが(理屈は諸説ありそうで定かではないが……)、こういう印象の変化は、キャブレター車ならではの部分だと思う。
【手軽にチューンアップできる醍醐味】
エンジンチューンアップの第一歩として、吸排気系の変更がやりやすいのもキャブレター車の特徴だ。
キャブレター自体を高性能なもの(大口径の強制開閉型など)にしたり、抜けのよいマフラーに変更したりなどがその例。これらはキャブレターセッティングの知識が多少あれば可能。個人レベルでもいじりやすいのだ。巷のバイク用品ショップでリプレース用マフラーやキャブレターが売られているのをよく目にするのはそのためだ。
一方、FIではコンピューターチューンという方法があるが、キャブレターに比べてハイレベルな知識や機器が必要となる。
クラシックバイクの空冷エンジンとキャブレターの組み合わせには独特の機能美と味があった
【調子を把握しやすいアナログな機構】
初めてFI車に長距離試乗した頃、筆者のようなオヤジが戸惑ったのは、例えば給油するタイミングだった。
慣れれば問題ないが、従来はガス欠になれば燃料コックをリザーブに切り替えて、燃料残量(その後走れる大体の走行距離)を把握していた。
だが、FIでは燃料コック自体がなくなり(ごく一部に例外あり)、燃料残量ランプで警告する方式になった。
モデルにより残り何Lで点灯するかの設定は異なるものの、FI車の場合は乗り手がキャブレーター車でコックの切り替えをする場合ほど、能動的にガス欠した地点(走行距離)を把握しづらい。
気づかぬ内にくランプが付く感じだからだ。そのため、気分的に警告ランプが付いたら早く給油したくなる。
ちょっと待て「今のFI車なら平均燃費、瞬間燃費、残りの走行距離だって表示するだろう」というツッコミが当然入ると思う。
しかし、FI車のように表示数値を見るだけでは、自分の愛車に対し蓄積した経験値を働かせる必要性がどんどんなくなってくるのだ。何かこう、バイクとの親密度が深まらないという感覚だろうか……。
燃料コック切り替え式の利点は、ほかにもある。
例えば、通常このバイクなら200kmを超えるとガス欠になると言った経験が生かせ、それより早くガス欠になれば、普段より燃費が悪いことになる。
つまり、燃料コックの切替えが、エンジンをいつも以上に回して走ったとか、エンジンの調子が落ちてるかもと言った状態把握に役立つのだ。
乗り手が積極的にバイクの状態を理解してやるという感じ。
自分のバイクの調子を把握することは、操作の仕方、整備の要不要の認識にもつながる。燃料がタンクから単純に落ちてくる、自然落下式供給というキャブレターの実にアナログ的な機構が乗り手にもたらす情報は、案外有益なものだったのだ。
70年代以降、国産車でおなじみとなる負圧式キャブレター
【急場の始動でも恩恵あり】
FI車は、燃料と空気の混合気をコンピューターの緻密な制御で司り、電気的に噴射する。
便利なパワーモード切り替え機能などの搭載も今のFI車ならではの利点だし、どんな気候条件でも最適な混合気を送り込む恩恵は、キャブレター車の上を行く。
しかしFI車のそういった“美徳”は、電気的な部分が弱る(バッテリー上がりや電気系トラブルなどが起こる)と全く機能しなくなる。
キャブレター車でも、バッテリーが上がればセルモーターが回らず始動不可になるが、最後の一手「押しがけ」が使える(一部の自然落下式燃料コックでないダウンドラフト型キャブは除く)。
キーイグニッションをオンにし、ギヤを2速(ないし1速)に入れてクラッチを切った状態で走り出し、惰性をつけてクラッチを繋いで後輪を強制的に回し(=クランクを回す)、点火・始動を促す方法だ。
一方、FI車での押しがけは困難となる。電気的に作動する部分が非常に多いからだ。
電力を使うのが概ね点火や灯火のみのキャブレター車と異なり、FI車は燃料噴射ノズル、燃料ポンプ、付随する各種センサーの作動なども加わり、電気が担う範囲・大きさが違う。プラグに火花を飛ばすことで、始動のきっかけを作れるキャブレター車ほど、FI車は簡単に始動できないのだ。
余談だが、昨今増えてきたスリッパークラッチ(急激なシフトダウン時など、後輪がロックしないように駆動を逃す機構)装備車では、さらに困難なことも覚えておこう。
実は筆者、長距離試乗の取材時に、某メーカーの試乗車(FI車でスリッパークラッチ装備)が道中でエンストしたことがある(おそらく電気系トラブル)。
なんとか再始動しようと、苦し紛れに押しがけを何度も試みたが、エンジンはウンともスンとも動かず。しかたがないので、レッカー車を呼ぶはめになった。
バッテリーが上がったら、キャブレター車でもFI車でも結局は要整備ないし交換だが、これまで急場の押しがけで幾度となく救われたことも、キャブレター車に安心感を覚える理由かもしれない。
【エンジンの鼓動を味わえる】
燃料ポンプや噴射ノズルなど、エンジン回転で電気的に作動する部分の多いFI車は、設定アイドリング回転数がキャブ車と比較して高めで、各機構の作動音も発生して心臓の鼓動のようなゆったりしたエンジンの“素の音”または”素の鼓動”を味わいにくい気がする。
また、FI車は燃料ポンプをタンクに内蔵もしくは近接配置するため、従来のキャブレター車の燃料タンクよりも容量が少なめになりがち。その点も、航続距離が少なめになりやすいFI車への個人的な不満点でもある(反面、FI車の方が燃焼効率がよく、燃費もいいと言われるが……)。
ともあれ、かようなオヤジライダーのたわ言に共感できる部分があれば、今一度キャブレター車を味わってみてはいかがだろうか? 2008年以前に生産されたスタンダードモデルの中古車などは、今はけっこうお買い得かもしれない……。
中古で比較的入手しやすく、手軽に楽しめるキャブモデル
ヤマハ SR400(2008年モデル以前)
1978年から2008年までキャブ仕様が発売されており、玉数の多さが魅力。
初代からしばらくは強制開閉式のキャブレターを採用、1988年モデル以降は負圧式に変更された。
扱いやすさを考えると、狙い目は負圧式だろう。なお国産キャブレター車は、2001年前後から順次エアインダクション機構などが採用され、より高度な環境対策が施され始めた。
カワサキ W650
1999年に登場したバーチカルツイン(古い英国車などが採用した伝統的スタイルの直立2気筒エンジン)のモデル。
革新的な機構を随所に盛り込んだ新開発空冷エンジンで、テイスティさを追求した特性が魅力だが、2008年に生産終了。
その後FI化&排気量拡大で進化し、2010年に登場したW800にバトンタッチ。
ホンダ FTR223/XR230
1970年型CB90用が元祖という、まさに長寿の名にふさわしい単気筒エンジンの系統を搭載したモデル。
オンロード車やオフロード車、排気量も125ccや200ccなど様々で、このエンジンを採用したモデルは多岐に渡る。最終的に223ccまで排気量を拡大し、FTR230やXR230に搭載された。
これらモデルは、玉数・車種共に豊富で、気軽にアナログな性能を楽しめる。ただし、2008年前後に登場したモデルは、排ガス規制対策などのために、パワーが絞られ気味なので要注意だ。
スズキ GSF1200/バンディット1200など(油冷エンジン搭載車)
ここ最近ジクサー250の登場で、再び注目を集めるスズキお得意の油冷エンジン。そのルーツ的存在が、1980年代のGSX-R750/1100から続く油冷4気筒を搭載したバンディットやGSFの系統だ。
安定した高性能に加え、エンジン生産期間の長さゆえに、チューンアップパーツの豊富さでも楽しめるシリーズだ。
レポート●阪本一史(『別冊モーターサイクリスト』元編集長)
写真●八重洲出版
編集●平塚直樹