「手の内に入るものを作れ」。ホンダの創業者である本田宗一郎は、スーパーカブの開発陣にこう語ったとされる。高性能でありながら「手の内に入る」スーパーカブは瞬く間に数多くのユーザーに受け入れられていったが、その後半世紀以上にわたり生産され続け、世界的にユーザーが広がっていくことまでは想像できなかったのではないだろうか。
50ccモペッドという新市場を開拓したスーパーカブ
1956年に創業者・本田宗一郎と専務・藤澤武夫が行った当時としては珍しい独自の欧州視察から「我が国の実情に合う小型の二輪車像」を固め、1年半以上の開発期間を経て1958年8月に発売となったのが初代スーパーカブ・C100だ。「ホンダが贈る豪華版!」とのキャッチフレーズで、専門誌だけでなく新聞や一般誌でも広告展開を行ったことも特徴だった。

●写真の車両は1958年末期に生産された1959年型。現存台数が極めて少ない1958年型に近いディテールを持ち、かつオリジナルの状態をよく保った極めて貴重な個体だ。スーパーカブのデザインは初代C100の時点で完成されていて、いかに優れていたかが分かる。一方、車両サイズは現行型よりかなり小さい。
車体の各部に先進的な素材であった熱可塑性ポリエチレン系のハイゼックスを多用し、デザインの自由度を高めるとともに、軽量化と量産性を両立。ただし、ごく初期のモデルはハイゼックス部品の調達が間に合わず、フロントのカバーなどは代替のアルミダイキャスト製を採用していた。
クラスの概念を覆す高性能と扱いやすさで、まさに爆発的ヒットモデルとなったC100。発売初期には多くのバックオーダーを抱え、増産に次ぐ増産で発売後1年ほどで月産1万台を突破。さらにスーパーカブのための新工場(鈴鹿)が完成すると、開発段階での目標であった月産3万台を大きく上回るまでになる。なお、この「月産3万台」という驚きの数字は、開発時に藤澤武夫が自信たっぷりに口にしたというが、周囲は年産のことだと思っていたというのは有名な話だ。
この躍進ぶりは国内市場に「50㏄モペットブーム」を巻き起こし、各社から次々にフォロワーが発売される一方、追随できないメーカーはなすすべなく消滅していった。スーパーカブC100は日本の二輪業界の勢力図を一挙に塗り替えた小さな巨人だった。
このスーパカブC100系OHVモデルの国内販売は、1966年のスーパーカブC65/C50系OHCの登場で終了したが、北米向けCA100はOHVエンジンのまま1970年まで販売された。
スーパーカブC100諸元
[寸法・重量]
全長:1780mm 全幅:575mm 全高:945mm ホイールベース:1180mm 最低地上高:140mm(各mm)
キャスター:63° トレール:70mm タイヤサイズ:F&R2.25-17
車重:55㎏(乾燥) 燃料タンク容量:3.0ℓ オイル容量:0.6ℓ
1958年発売当時価格:5万5000円
初期スーパーカブC100の特徴のひとつとしてブレーキパネルにはトルクアームが備わり、スポークも全内張方式を採用することが挙げられる。トルクアームと全内張式スポーツは1960年型で廃止されるが、前者はコストダウンのため、後者は折損が多かったためと言われている。
C100は出前などの用途を考慮し、右手だけで運転できるような工夫も凝らされている。スロットルグリップやブレーキはもちろん、ウインカースイッチも右に配置された。エンジンは自動遠心クラッチ装備のため、左手はクラッチ操作から解放された。オプションで左スロットル仕様も用意されていた。
オートメーター製の100㎞/hスケールの速度計。ちなみに1958年型は80㎞/hスケールだった。オートメーター製速度計は1959年型までの採用で、以降は矢崎製となるため、今日マニアにとっては垂涎のアイテムとなっている。
シート下にあるタンクキャップ脇に張られた「ガソリンだけ入れて下さい 混合油はいけません」のコーションラベルに当時の時代背景と、スーパーカブの先進性が表されている。50㏄と言えば2サイクルエンジンが当たり前で、しかも分離給油機構が搭載される以前。ガソリンスタンドでも混合油が普通に売っていた時代に、スーパーカブは2サイクルを凌駕した性能を発揮する4サイクルエンジンで登場したのだ。
タンク横のビス留めエンブレムは1959年前期までの仕様。以降はアルミステッカーになる。
クロームメッキ仕上げのサイドグリップも1959年型までの特徴。1960年型からプレス鋼板製のリヤキャリヤに折り返しが設けられ、センタースタンド使用時にそこに手をかけることができるようになり、グリップは廃止された。
テールレンズは通称「鷲鼻」と呼ばれる小型のもの。尾灯のみでブレーキ灯の機能はなく、当時の使用状況がしのばれる。国内向けC100には最終型まで大別して3種のレンズ形状が採用されている(細かいディテールを追求すると、3種類以上の分類となるのでここでは割愛する)。
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