●国内仕様RG500ΓのカタログはA4版全6ページ構成。対してRG400Γ初期型のカタログはA4版全16ページ構成。
カタログは400の“REALSPRINTER”に対して“HYPER SPRINTER”とキャッチがつけられ、写真やイラストをふんだんに使った分かりやすいメカ解説を盛り込む。
手堅く派手さのない印象の内容だが、情報量は十分。
※本記事は別冊モーターサイクリスト2008年7月号に掲載されているものを再編集しています。
スズキ・RG400Γ ’85年2月15日発売 / RG500Γ ’85年4月22日発売
’70年代後半から’80年代初頭の世界GP500㏄クラスではスズキとヤマハが争う展開となっており、スズキは’75年からメーカータイトルを7年連続で獲得、’81年(M・ルッキネリ)と’82年(F・ウンチーニ)はライダータイトルも獲得。
そのワークスRGΓ500を思わせる公道版としてスズキは’83年にRG250Γを発売、さらにその上級版となるRG400/500Γを’85年に発売した。
デビューは’84年9月のIFMAケルンショーである。
エンジンはワークスRGΓ譲りと言えるロータリーディスクバルブ吸気の水冷スクエア4気筒で、対角線上の2気筒が同時点火で前後のクランクシャフトを逆回転させるため、一次振動がほとんどなく、バランサーを不要としている。
キャブレターは薄型のVM28をシリンダー側面に4基配置、排気ポート直後に備えられたデバイス(SAEC)はエンジン回転数に応じて低中速トルクを補う。
アルミフレームはRG250ΓやGSX-Rでも採用されたMR(マルチリブ)-ALBOXで角パイプとキャストを組み合わせ、ステアリングヘッド後部に6ℓ容量のエアクリーナーを設けたダブルクレードル構造としている。
前輪16インチやPDF(アンチダイブ機構)、エアサス併用式Fフォークは当時の流行で、これはヤマハRZVも同様に装備していた。
しかし、’85年の発売当時スズキはワークス活動を休止しており、唯一と言えるイメージリーダーは全日本選手権で’82年の王者となったベテラン水谷勝のみ。
’85〜87年の3シーズン、WW(石油王ウォルター・ウルフ)をスポンサーにつけ善戦するもヤマハの平忠彦と藤原儀彦、ホンダ木下恵司の牙城を崩すには至らず、また世界GPの舞台はいつしかヤマハとホンダが鎬しのぎを削り合う戦場と化していた。
国内向けには中型免許ユーザーに合わせたRG400Γが先行投入されたが、およそ2か月後には500Γも発売。
国内仕様は自主規制から最高出力が64ps(500)とされたが輸出フルパワー仕様は95ps、乾燥重量もRZVより20㎏近く軽量な156kgを公称。
以後この数値を超えた公道向け国産2サイクル車は存在しない。
またそれが、RG500Γが2サイクル最速と称されるゆえんとなっている。
スズキRG400(500)Γ 主要諸元
●エンジン 水冷2サイクルスクエア4気筒ロータリーディスクバルブ50.0×50.6(56.0×50.6)㎜ 総排気量397(498)㏄ 圧縮比7.2(7.0) 気化器VM28(VM28SS) 点火方式PEI 始動方式キック
●性能 最高出力59ps/9000rpm(64ps/8500rpm) 最大トルク4.9㎏m/8500rpm(5.8㎏m/7500rpm) 燃費38(32.4)㎞/ℓ(60㎞/h)
●変速機 6段 変速比①2.636 ②1.750 ③1.380 ④1.173 ⑤1.045⑥0.956 一次減速比2.230 二次減速比2.733(2.500)
●寸法・重量 全長2100 全幅695 全高1185 軸距1425 最低地上高150(110)シート高770(各㎜) キャスター23°35’ トレール102㎜ タイヤサイズⒻ110/90-16-59H Ⓡ120/90-17-64H 乾燥重量153(156)㎏
●容量 燃料タンク22.0ℓ オイル1.5ℓ
●発売当時価格 65万9000円/1985年2月15日(75万9000円/1985年4月22日)