進むべき道を教えてくれる1台
1991〜1998 DUCATI 900SS
“ライダーを育てるバイク”とはよく聞く言葉だが、900SSは’90年代におけるその代表選手だった。
バイクを楽しむ術を最小のリスクで教えてくれる、今、求められるのはこんな1台ではないだろうか。
文●中村友彦 写真●澤田和久
※本記事は別冊Motorcyclist2011年9月号に掲載されていたものを再編集しています。
素材としての魅力
’90年代を代表するドゥカティと言ったら、世間一般で筆頭に挙がるのは、ワールドスーパーバイクで大活躍した916シリーズや、アップライトな乗車姿勢と個性的なスタイリングで大人気を獲得したモンスターだろう。
しかし、今あえて注目したいと思うのは、’91~98年に販売された900SSである。
その理由は、現行ドゥカティ、と言うより現在販売されているすべての新車を見渡してみても、900SS的な資質を持つ車両が見当たらない(後継車に当たるSS1000DSは’06年で生産終了)からで、あの程よいパワーとあの程よい軽さ、“これぞライトウェイトスポーツ! ”と言いたくなるあの乗り味は、今となってはものすごく貴重なものだと思う。
もちろん、そのあたりは実際のユーザーにとっては百も承知の話で、今回の取材でお世話になったパワーハウスモータークラブには、現在でも900SSを愛用しているライダーが数多く存在する。
そして’70年代からありとあらゆるデスモツインに接してきた同店代表の中野さんにとっても、900SSはドゥカティの歴史を語るうえで欠かせない1台なのだと言う。
「900SSはいろんな意味でエポックメイキングでしたからね。まず客観的な事実で言うと、900SSはドゥカティの歴史で初めて、レースとは関係がないところで大成功したモデルなんです。それまでのドゥカティはビッグレースで名声を得て、その名声を武器に商売をしてきましたけど、900SSはそういったバックボーンがないのに世界中で売れた。じゃあなんで売れたのかと言うと……、従来のベベルやパンタより扱いやすかった、’91年の2代目からスタイルがカッコよくなった、日本製部品が増えて信頼性が上がったなんていう事情もあるんですが、一番の理由は、乗り手の個性を表現するのに最適な素材だったから、だと僕は思っています。もっともこれはいじる側の視点ですけど、従来のベベルやパンタの場合、ウチでは基本的に日本車に追いつき追い越せという姿勢で手を入れてきました。でも900SSがデビューしたときは、すでに水冷+インジェクションの851がありましたから、絶対的な性能ではなく、乗り手の個性をいかにして表現するかという作業に集中できた。そして900SSというバイクは、各人各様の個性に対応できる、幅広くて懐の深い資質を持っていたんです」
そう語る中野さんではあるものの、当時のパワーハウスはレースにも積極的で、筑波で開催されるBOTTやエコー・デカトルに加えて鈴鹿8耐にも参戦していた。
となれば、900SSより851系に力が入りそうだが……。
「851は、あれはあれで革新的なモデルで、“これなら日本車と真っ向勝負ができる! ”と心から感動したことを、今でも鮮明に覚えています。でも同時に、Lツインならではのスリムさと軽快さが希薄になったこと、カウルを外してエンジンを見たときに向こう側の景色がまったく見えないことに、僕はちょっとした違和感を覚えました。速いことは速いけど、この方向性でいいんだろうかって。だから2年後に900SSが発表されたときは、すごくうれしかったですよ。車体がシンプルでエンジンが空冷2バルブ、吸気系がキャブレターだと知ったときは、やっぱりドゥカティは分かっているなと思った」
→次ページ:濃密ともいえる「マシンとの対話」
1
2