ヒストリー

【ラビットvsシルバーピジョン 国産スクーター戦後開発史4】高度経済成長と爆発的なスクーター需用

本格的な高度経済成長期の始まり

’50年代半ば以降、国民の生活水準が年々向上していく中で、国産スクーターの販売台数も順調に伸びていった。
その様子はまさに“スクーターブーム”と言えるもので、ラビットおよびシルバーピジョンの両ブランドは、激しい販売合戦を繰り広げながらも我が世の春を謳歌する。
しかし同時期、徐々にではあるがほころびも見え始めていた。

文●神山雅道

※本記事は別冊Motorcyclist2011年9月号に掲載されていたものを再編集しています。

 

’50年代半ば以降の世相

第1回目から第3回目までは中島飛行機と三菱重工業の成り立ちに始まり、戦時下での両社の関わり、敗戦から戦後の復興、民需転換によるラビットとシルバーピジョンの誕生、そして’50年代半ばまでの両車の発展を見ていった。

ラビットもシルバーピジョンも、戦後すぐの誕生時は米国製スクーターの模倣に近かったが、それはスクーターという乗り物の概念自体が、参考としたモデルによって吹き込まれたからにほかならない。
その後時を重ねて改良とモデルチェンジが進むにつれ、日本のユーザーニーズの反映、新たな設計思想(参考とするモデル)の模索などを経て、国産スクーター独自の発展を急速に遂げたのが’40年代末から’50年代の流れであった。

さて後編となる今回は、’50年代半ばから末にかけての国産スクーター黄金期から追っていくことになるが、その前に、スクーターがもてはやされていたこの時代の出来事などを振り返ってみよう。

前編でも触れた’52年のサンフランシスコ講和条約締結による主権回復、自由経済の回復、朝鮮戦争特需を発端とする好景気といった事象がこの時期に重なり、’55年には国民総生産(GNP)が戦前(’34〜36年平均)の水準を超えた。
これはすなわち、がむしゃらに進めてきた戦後復興がひと息ついたことを意味する。
なお、ラビット初期にイメージキャラクターを務めた女優の高峰秀子はこの年、前年公開の映画「二十四の瞳」で助監督を務めた松山善三と結婚している。

電気冷蔵庫、電気掃除機、それに白黒テレビを加えた庶民あこがれの「3種の神器」。
プロレスラー力道山の過激なファイトを見るため、街頭テレビに群がる多くの人々。石原慎太郎の著書「太陽の季節」に描かれる奔放で無軌道な若者像。その風俗をまねてアロハシャツやサングラスを身につけ、“シンタロー刈り” でキメた太陽族と呼ばれる若者たち。
トヨペット・クラウンRS型やダットサン110型といった本格的な国産乗用車が出現し、自家用4輪車の所有を夢見る庶民が急増した。

●トヨペットクラウンRS(’55年)。通称“観音クラウン”と呼ばれる初代クラウンは、乗用車専用シャシーを持ち、国産高級乗用車の代名詞的存在となった。当時はまだ庶民には到底手の出せる代物ではなく、むしろタクシー/ハイヤー需要が多かった

●ダットサン110型の改良版112型(’56年)。この110系はクラウンとともに、国産乗用車史に残る1台である。当時はクラウン同様タクシー需要も多かった。同車は後に210系に発展、さらにその後登場したブルーバードシリーズの祖でもある

茨城県東海村の日本原子力研究所では国内初となる臨界実験に成功し、本格的な原子力エネルギー時代が幕を開けた(原子の火)。
公道で大音響を上げつつ、モーターサイクルで走り回る“カミナリ族”が出現したのもこのころだった。

 

もはや戦後ではない

こうした’50年代半ばから後半の世相を顧みて思い浮かべるのは、’56年に経済企画庁(当時)から発表された経済白書の副題である「もはや戦後ではない」という言葉だろう。
この言葉、「敗戦から10年あまりが経って国民生活は著しい改善を遂げ、衣食住すべてが徹底的に不足していた“戦後”はもう終わった。これからは高い成長が見込める明るい未来あるのみだ」という意味で今日はとらえられがちであるが、実際は真逆だ。以下は、その経済白書からの引用である。

消費者は常にもっと多く物を買おうと心掛け、企業者は常にもっと多くを投資しようと待ち構えていた。いまや経済の回復による浮揚力はほぼ使い尽くされた。なるほど、貧乏な日本のこと故、世界の他の国々に比べれば、消費や投資の潜在需要はまだ高いかもしれないが、戦後の一時期に比べれば、その欲望の熾烈さは明らかに減少した。もはや「戦後」ではない。我々はいまや異なった事態に当面しようとしている。回復を通じての成長は終わった。今後の成長は近代化によって支えられる。そして近代化の進歩も速やかにしてかつ安定的な経済の成長によって初めて可能となるのである。

つまり戦後復興という、ある意味成長して当然という時期はすでに終わり、これから先は新たな手段を取っていかなければ成長はなし得ない、といった将来を心配する意味合いが実は正しいのである。だが、ここで示された懸念は結果としては杞憂に終わり、ご存じのとおり、その後の日本は長きにわたる高度経済成長期を迎えていくことになる。

そして、スクーターブームも本格的に始まった経済成長に支えられ、’50年代後半に黄金期を迎えてゆく。ラビットとシルバーピジョンという国産スクーターの両雄は、そうした需要をできうる限り我が手でつかもうと、激しい販売合戦を繰り広げながら双方ともに生産台数を伸ばしていった。

数字を見ると、シルバーピジョンは’58年に総生産台数6万8264台を記録。一方のラビットは翌’59年、それに続く6万3274台を記録している。ちなみに、第3のスクーターメーカーとして名古屋にあったヒラノ・ポップ号の平野製作所では、記録上の生産台数が最も多い’60年で7000台に届いていない。
いかに、ラビットとシルバーピジョンの存在が大きいものであったかが分かる。

だが……。その繁栄の裏で、終焉の足音は一歩一歩近づいていたのである。

● ’57年、郡上八幡(岐阜県)にて。シルバーピジョン耐久走行試験中のひとコマ。この時期の同車は、まさに我が世の春にあった

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