前編で「発進時の滑らかな接続」「チェンジ時の強制切断」「始動・エンジンブレーキ時の強制接続」と、3つの機能について触れたが、今回後編ではその3つの機能について詳しく解説しよう。
カブをカブたらしめた、ホンダにしか成せなかった技術を見ていこう。
第1の機能:発進時の自動接続
「自動遠心クラッチ」という通称から読み取れるのは、この第1の機能のみだろう。
これを理解する前提として、カブのクラッチは走行時以外、すなわちエンジン停止時やアイドリング時は「切れている」状態であるとの認識が必要だ。
お陰で面倒な左手操作が要らず、技量の未熟なライダーでもエンストの心配がない。
アイドリングなど低回転域では、ウエイトに発生する遠心力が弱く、クラッチ板(スチールプレート&フリクションディスク)を圧着できるほどの力が発生しない。
スロットルをひねりエンジン回転数が上がると、それに伴い圧着力が高まり、ミッションを経て後輪に駆動力を伝える。
なお、図版は模式的なもので実際の寸法・形状に合致しない。部品も説明に不要なものは省略している。
“勾玉(まがたま)”に似た形状のウエイトがスイングするのが分かる。
ウエイトは板状のものが数枚組み合わされており、排気量ごとに枚数が変えられ最適な圧着力が得られるようセッティングされる。
上記のスイング式ウエイトが登場したのは’80年代になってから。
C100以来20年以上は写真のようなローラー式ウエイトが使われていた。
回転数の上昇による遠心力増加でクラッチをつなぐ役割はまったく同じ。
ただしウエイトの動きだけでこの機能を理解することはできない。
数枚あるクラッチ板の両端同士を押し広げる、つまり切れる方向にセットされる「クラッチフリースプリング」が見える。この反力にウエイトの押し付ける力が打ち勝つと、クラッチが徐々につながり発進できるのだ。
第2の機能:チェンジ時の強制切断
マニュアルクラッチ車の操作でもわかるように、走行時のスムーズなチェンジのためには一瞬クラッチを切る必要がある。それを自動化するため、カブではチェンジペダルの踏み込みと連動させている。この作動は「第1の機能」に対し優先する。
左は通常走行時で、右はチェンジペダルを踏み込んだ状態を表す。
右側のカムプレートはケースカバーに固定されるため、スチールボールに乗り上げる力はクラッチアウター(本体)を押し込む力となる。アウターが押し込まれたことでウエイトがフリーとなり、クラッチフリースプリングの反力でクラッチ板同士が離れる(切れる)というわけだ。
重要なポイントとして「クラッチスプリング」は、一般的なマニュアルクラッチのようにクラッチ板同士を圧着させる役割でなく、アウターとドライブプレート間に反力を与えるためのものなのだ。
この機能の要となる部品群。
中央の3つのスチールボールと、左右のカムプレートなどで構成される。手前のアーム(部品名:クラッチレバー)はチェンジペダルで操作するシフトスピンドルに、スプラインにより固定されている。
チェンジペダルを踏み込んだ状態(上写真:下)では、写真ではややわかりづらいが、アームがプレートを動かすことでスチールボールにカムプレートが乗り上げる作動をする。これによりクラッチアウター(本体)を押し下げ、エンジン動力を強制的に切断するのだ。
なお、写真で上側になるプレートは右クランクケースに固定される。中央のネジが切ってある部品は切れ具合の調整用。エンジン外から調整可能だ。
第3の機能:始動時などの強制接続
キック始動時やエンジンブレーキ時、または押しがけ時、つまりミッション側から回転力が加わった場合に、クラッチを強制接続させる構造も組み込まれる。ごくわずかな部品で、極めて合理的にワンウェイ機能を持たせている。
断面だけでは表現できない構造のため、一部立体表現なのをお許しいただきたい。
ミッション側から回転力が加わった場合のみ、ドライブギヤアウター突起の斜めカット部が、クラッチセンター内側に設けられた斜面に乗り上げる。このためクラッチセンターが押しのけられ、クラッチ板同士を圧着し強制的に動力をクランクに伝える。
図でわかるように、この際に1枚のクラッチ板(スチールプレート)およびクラッチフリースプリングは関与しない。
キック始動時など、ミッション側からクラッチに入力があると“斜面乗り上げ”が発生し、ふたつの部品間にスラスト方向のズレが生じる(右)。こうした動きを利用し、クラッチ板圧着を行う。
この作動のためカブのクラッチはワンウェイ(片方向のみフリーに回転できる)となっている。
クラッチセンターと、ドライブギヤアウターの組み合わせでクラッチにワンウェイ機能を持たせている。ドライブギヤアウター側面にある、突起の部分が斜めカットになっているのが分かるだろうか?この形状がポイントである。
◎『【偉大なる“発明品”の話】ライバルたちはどうだったのか?(番外編)』(順次公開)