●スーパーカブC50のクラッチAssy。片手で握れるコンパクトなサイズに、カブの走りを支える機能が詰め込まれている。サンプルは’90年代の車両から外したものだが、’58年の初代C100から大きさや基本的な機能はほとんど変わっていない。
大ヒットとなった初代モデル以来、カブは時代の荒波を乗り越え今日まで生き続け、人類史上最多の生産台数を誇る2輪車となった。
それは果たして偶然だったのか。
様々な理由があるだろうが、ひとつに考えられるのが優れた機能を持ち、かつコンパクトな「自動遠心クラッチ」だった。
文/神山雅道
大ヒットの立役者
「蕎麦屋の小僧さんが片手で運転できるように……」
スーパーカブC100の開発話で、必ずと言っていいほど出てくる言葉がこれである。
実際に本田宗一郎がこう発言したかは定かではないが、スーパーカブのコンセプトを簡潔に表現しているフレーズではある。
実際、旧型カブを所有もしくは乗ったことがある人なら、〝片手で〟乗ることもできるのをご存じだろう。
スロットルやフロントブレーキレバーはもちろん、ウインカースイッチも右手で操作できる設計となっており、左手でクラッチ操作も要らないから可能なのだ(安全のため推奨はしないが……)。
カブのクラッチは「自動遠心クラッチ」と呼ばれ、エンジンをかけミッションを入れ、スロットルをひねるだけで発進できる。
シフト操作もスロットルを戻しペダルを踏み込むだけだから、だれでもすぐに扱える。
この簡便さを実現するために、カブのクラッチには「発進時の滑らかな接続」「チェンジ時の強制切断」「始動・エンジンブレーキ時の強制接続」と、3つの異なる機能が詰め込まれているが、構造・作動を正しく理解している人は少ないように思われる。
カブが大ヒットモデルとなり、長寿を誇ることになった理由……。
それにはこの自動遠心クラッチが成功を収めたことが、大いに役立っていると本誌は考える。
その完成度の高さは、半世紀以上を経た現在に至っても、基本的な部分では一切変わっていない事実が証明していると言えよう。
また、このクラッチが初作から優れ過ぎていたお陰で、カブ以降のフォロワーモデルを開発した各社が、この自動遠心クラッチに対抗すべく苦心惨憺(さんたん)した歴史もある。
スズキは’62年型セルペットMEで電磁クラッチの市販化を試み、カワサキは流体トルクコンバーターに挑戦した(小型化できず試作のみに終わっている)。
いずれも決定打を打つことはできず、結局のところ各社のほとんどのモデルが、コンベンショナルなマニュアルクラッチを選択していった。だがそれらもほとんどが、いずれ消えゆく運命にあったのである。
『【偉大なる“発明品”の話】カブの自動遠心クラッチは、カブに何をもたらしたか(後編)』はこちら(順次公開)