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「当初は大反対もあった初代ダックス、CB900F」元ホンダデザイナー森岡 實さんが語る名車誕生の裏側

ダックス、エルシノア、CB900FやTN360を描いた男

森岡 實さん
1961年本田技術研究所に入社。同年、東京モーターショーに出展したスポーツカー・S360のクレイモデルを製作、その後、携帯型発電機・E80や軽四輪トラック・TN360などを手掛ける。二輪では初代ダックス、エルシノア、CB900F、CBX、CB1100R、トランザルプなどをデザイン。後年は二輪/ATVの商品企画責任者を努め、2002年に定年退職。


19歳で本田技術研究所にデザイナーとして入社した森岡 實さん。当時、創業から10年を超えたばかりのホンダはまだまだ発展途上で所帯も小さく、二輪や四輪、耕運機、発電機までの全製品をたった7人のデザイナーで回していた。
しかも当時のホンダの商品デザインには、自称「デザイン係長」と言っていた社長の本田宗一郎さんが多大なる影響力を与えていたのである。1957年のC70に採用された、いわゆる「神社仏閣」と言われる角ばったデザインは本田さんによるものだ。

「初めて見たときは、とにかく四角いのは凄いなと思いましたね。でも、シルエットよく見ると(ドイツの)NSUにも似ていて、僕にとってはC70は四角いNSUという印象でした。本田さんは何でも四角っぽいのが好きでしたね」

ホンダ ドリームC70(1957年登場)。250ccのOHC並列2気筒エンジンを搭載した当時のスポーツモデルで、独特なデザインは「神社仏閣」と呼ばれる。
1967年に登場した軽トラック・TN360。

アメリカが要望した「大きなモンキー」が最終的にダックスとなった

そして、ダックスのあの形は入社数年、若干20代半ばの森岡さんと、造形にこだわっていた本田さんの関係から生まれてきたと言ってもいいだろう。当初、ダックスはアメリカで大ヒットしたモンキーの兄貴分として企画された。スーパーカブの前傾エンジンを使ったモンキーは、小さいながらも二輪としての基本構成を持った初めてのミニバイクだった。

それが大ヒットの理由のひとつであり、当時のアメリカでは子供へのクリスマスプレゼントとしてもウケた。そこで、もう少し大きめのモデルを出して、大人にも乗ってもらおうと考えたのだ。

「だから、営業サイドは『モンキーを大きくした物を』と要望していました。しかし、本田さんはまったく違う事を考えていたのです。『バイクを知らない人でもとっつきやすいよう、機械を感じさせないような物が欲しい。しかも、一発で成型できるようなシンプルなフレームが良いな』というのが本田さんの考えでした。
要するにバイクらしくない物を作れと。そのためには燃料タンクを(車体に内包して)無くしてしまえばいいし、リヤのクッションも無くしてしまえと。で、僕がなんとなく描いたスケッチに本田さんが喰いついたのです」

ただ、この話はそれだけではない。若手社員だった森岡さんは雑用や使い走りにされる事も多く、腰を据えてじっくりスケッチ描いている時間がなかったと言う。そこで、帰宅してから家でスケッチを描き貯めておいて、チャチャッと描きましたという顔で提出する。しかも、本田さんの目につくよう机の隅に置いておくように心掛けていたのだった。

ダックスの最初のスケッチ。1967〜1968年頃のものだという。

「本田さんは直感的に判断する事が多かったですね──僕はTNという当時のトラックも手掛けましたが、これはアメリカのトラックをカッコ良くしたようなデザインで、これも本田さんが一発で喰いついた。
エンジン、タンク、ジェネレターを一体化した、初めての手提げポータブル発電機を作ったときも、ちょうどソニーがポータブルテレビを出した頃で本田さんは『こいつと一緒に売るんだ』と言っていましたが、僕はその考えや思惑が何となく分かったんです。
何しろ、デザインにうるさい人でしたから、当然ながらデザイナーの好き嫌いもはっきりしていて、本田さんの言っていることが理解できない殴られ専門の人もいたほどです(笑)。
で、ダックスですが、あのT字型のプレスバックボーンフレームは、最初の構想ではアルミ鋳造だったんですよ。当時のNSUにアルミ鋳造のフレームがあって、それを研究所かどこかで見て『すごくキレイだな』という印象を受けたので、ダックスのスケッチを描くときにそのイメージが反映されたと思います。
リヤサスペンションは(ゴムのねじれを利用する)ナイトハルトダンパーをスイングアームの付け根に組み込んで、外観上は見えないようにしました。ところが、本田さんがOKした最初のスケッチはアメリカで酷評されまして、『モンキーの大きいやつが欲しかったのに』と言われたわけです。現地へ出向いた営業担当は、僕の描いたスケッチを二つに折って鞄に入れて持って帰ってきたんですよ。あれには本当にガッカリしました」

言ってみれば、従来の「バイクらしさ」からかけ離れた独創的すぎるデザインに拒否反応が出たというわけだが、それでも本田さんはそれに構うことなく開発にゴーサインを出した。

スケッチからクレイモデルの完成までにかかった期間は2週間程度だったという。頭の中でイメージは出来ていたから、難しくはなかったそうだ。現実的にはアメリカのクリスマス商戦に間に合わせる必要があったので、最終的にはリヤサスペンションはナイトハルトダンパーから2本のコイルスプリングダンパーに、フレームはアルミ鋳造から量産が容易なスチールのプレス成型とし形状もやや変更されている。

フレーム形状が変わった開発中期頃のクレイモデル。リヤサスペンションがツインショックでない点に注目。この時点ではナイトハルトダンパーで進められていた。
砂や雪上などを走れるようにバルーンタイヤを装着した試作車。オールシーズン走れるように……とのアイディアだったが、さすがにタイヤが太すぎたという。
1969年に登場したダックスホンダST50。リヤサスペンションは最終的にツインショックとなった。また、発売当初の国内仕様はダウンマフラーだった。
北米仕様ではアップマフラーだった。これを元に「ダックスホンダST50エクスポート」として国内でも発売された。

強く印象に残っているのはエルシノア、CB900F、CB400N、CB1100R

こうして歴史的にもユニークなモデルであるダックスは誕生したのだが、次に森岡さんが手掛けた代表的モデルは今年(2022年)誕生50周年を迎えたエルシノアCR250M/MT250だった。エルシノアはホンダ初の2ストロークモトクロッサーとトレールモデルで、RC335というファクトリーマシンのレプリカモデルだった。
流麗なデザインのエルシノアシリーズは燃料タンクにELSINOREの英字ロゴのみを採用し、ホンダのロゴとウィングマークがなかったのだが、発売前にそれを知った本田さんは「会社の名前を削りやがって」と怒ったそうである。

「それでまあ、僕が弁明する役目になりまして『発売前のモデルのため、バレないよう社名は隠しました。エルシノアというメーカーのフリをしております』と誤魔化した。そうしたら、本田さんは『お、そうかそうか』とご機嫌が直ったわけです(笑)。まあ、そのエルシノアや一連のユーロスポーツ(CB900F/750FやCB400N=国内ではホークIII)、CB1100Rなどが自分の仕事としては印象に残っていますね」

1972年にモトクロッサー版のCR250M/CR125M、翌1973年の公道版MT250/MT125が登場したエルシノア。MT250/MT125はホンダ公道モデル初の2ストローク車となった

1970年代後半、ホンダは他メーカーにシェアを喰われていたヨーロッパの市場を奪取するためにノルマンディ上陸作戦に因んだ「マルN作戦」と銘打った販売攻勢を展開した。その中で森岡さんは新機種のデザインを担当したのだが、当時研究所の社長だった久米是志さん(後の本田技研社長)に突然パリに呼び出されてデザインを命じられたそうだ。

「何しろ久米さんは戦記物が大好きだったので、何でも作戦として命名しちゃうわけです(笑)。しかし、あの時はびっくりしました。久米さんから自宅に突然電話がかかってきて『全部準備してあるから明日パリへ立つように』と言われ、ホテルに着いたら着いたで『君たちがヨーロッパをよく見ないで仕事をしているから、市場は大変なことになってしまっているんだよ』と、いきなりお腹に気合を入れられました。
さらに久米さんは、帰国する際にも『ヨーロッパで本当に良いと言われるデザインができなかったら、このホテルの3階の窓もかなり高いし、庭には枝ぶりの良い松の木もあるので、どちらを選んでもいいんだよ』としっかりプレッシャーをかけて行ったのです」

しかし、最初の2週間は何もできなかった。パリ市内と近郊の優れた芸術文化施設を観て周る事から始めた森岡さんは、その壮大さ、豪華絢爛さに度肝を抜かれ、彫刻も絵画も桁外れに凄いヨーロッパの文化に打ちのめされてしまったそうだ。転機は現地のライダーの実態を研究しようと、その一環で訪れた耐久レースの現場だった。

「頭の中が真っ白になっている中で、本田さんの『お客さまの心を研究するのが技術研究所の仕事だ』という教えを思い出し、藁をもつかむ思いで『お客様の顔が見たい。どこか顔が見えるところに連れていって欲しい』と、フランスホンダに頼んだのです。
それで、ポールリカールで開催されている耐久レースを観に行ったのですが、そこで美しく仕上がった耐久レーサーやCB750FOURのカスタムバイク、集まった観客の顔やバイクをじっくり観察した事で、閃いたんですね。残りの2週間で、CB900Fを始め14機種のデザインスケッチを一気に描き上げました」

CB900F(輸出専用車)。販売が苦戦していた欧州市場向けに、1978年ドイツ・ケルンショーで発表された。エンジンはDOHC4バルブの901cc空冷並列4気筒で、最高出力95馬力。

ところが、これにもまたひと波乱あった。帰国して意気揚々とスケッチを提出した報告会では、『みんなが温めてきたモデルが、厚化粧のアバずれになって帰ってきた』、『テールにフィンなんか付いたのはフェイクだ』と散々だったのだ。

「昔ながらのイギリス車が好きな人達には、新提案のデザインが受け入れられなかったのです。でも、そこで久米さんが『まあまあ、これがヨーロッパのお客様の求めるスタイルですから、進めてみましょうよ』と決断してくれたのです。それがなかったらあのスタイルは世に出ていなかったのです」

CB900F/CB750Fは新時代のスポーツバイクとして欧米でも日本でも大ヒットし、そのデザイン基調はその後のホンダのスポーツバイクの定番となった。奇しくも、ダックスもCB900F/750Fも、森岡さんがデザインし、周囲の反対を押し切ってトップが開発を決断したものだったのだ。
ところで、CB900F/750Fで初めて採用された横長形状の樹脂製ウィンカーは当時、非常に斬新で、その後のウインカー形状に大きな影響を与えたと言っても良い。

「それまでのウインカー形状は丸でしたし、(量産直前の)モックアップまで丸いウインカーで進めていました。そうしたら、それを見た本田さんが『なんだ、串刺しのダンゴみてぇのを作りやがって、この野郎!』ってめちゃくちゃ怒りましてね。よくよく考えるとリフレクターやら、ミラーやら、カムカバーやら、そこら中で丸い形状が目立つわけですよ。それで最後にあのウインカーの形を考えて作り直したのです」

貴重なCB900Fのモックアップ。「低く長く幅狭く、テールに迫力あるFLOATING-LINEを強調したスタイル」というデザインイメージが掲げられた。この時点では丸いウインカーとなっている。
CB900Fと同時開発された国内向けのCB750F(1979年登場)。エンジンはCB750Kをベースとする748cc空冷並列4気筒だが、吸排気系をCB900Fと同様とすることで、68馬力の性能を発揮した。
プロダクションレース向けホモロゲーションモデルとして1981年に登場したCB1100R(輸出専用車)。エンジンはCB900Fをベースとした1062cc空冷並列4気筒で、最高出力は115馬力。

レポート●関谷守正 写真●ホンダ/八重洲出版 編集●上野茂岐

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