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今から約半世紀前に生まれた、ドゥカティV4の原点「アポロ」とは

ドゥカティ アポロ V4

1960年代に開発着手されたドゥカティのV4エンジンがあった

近年になってLツイン専業メーカーから脱却し、各分野の旗艦モデルにV4エンジンの導入を開始しているドゥカティ。もっとも同社のV4には、実は長い歴史があるのだ。諸般の事情で生産には至らなかったものの、1960年代前半のドゥカティは、1257ccの空冷V4を搭載するアポロを試作していたのだから。
その事実を考えると、パニガーレV4のネイキッド仕様として、2020年から発売が始まるストリートファイターV4は、半世紀以上の空白期間を経て登場した、アポロの末裔……と言えなくもない?

日本では2020年8月発売予定のストリートファイターV4。搭載される1100ccのV4「デスモセディチ・ストラダーレ・エンジン」は最高出力208馬力を発揮。

2017年に次世代のスーパーバイク用エンジンとして発表されたV4「デスモセディチ・ストラダーレ・エンジン」。パニガーレV4シリーズ、同車をベースとするストリートファイターV4に採用されている。

ドゥカティと言ったら、創業当初は単気筒、1970年代以降はLツインが主軸で、近年はV4に注力しているメーカー。一般的なライダーなら、そう認識しているだろう。
ただし歴史を振り返れば、1950~1960年代の同社は並列2気筒や並列4気筒、V型4気筒を手がけているし、1990年代には水平単気筒レーサーを限定販売しているのだ。そのすべてを語るとなったら、文字数いくらがあっても足りないので、当記事では1960年代前半に生まれた驚異のV4エンジン搭載車、アポロの概要を紹介しよう。

試作車の台数はわずか2台と言われているアポロ。そのうちの1台は、九州・湯布院の岩下コレクションに展示されている。この車両は2000年代初頭にドゥカティ本社のミュージアムに貸与され、その際に各部のレストアが行われた。

近年のドゥカティは、スーパーバイクのエンジン形式の表記に“L”という英字を使っていない。その背景には、シリンダーの配置角がかなり後傾したという事情があるようだが(車体を右真横から見た際に、シリンダーがL型に見えなくなった)、そもそも“Lツイン”は俗称で、同社がこれまでに量産した多気筒エンジンは、正確に表記するなら90度V型2気筒と90度V型4気筒だったのである。というわけで、この記事ではアポロのエンジンをV4と記しているものの、生まれた年代を考えると、L4と呼んだほうがしっくり来るような気はする。

1946年から2輪事業への参入を開始したドゥカティは、1954年にファビオ・タリオーニ技師が入社したことで、スポーツバイクメーカーとして大躍進を遂げることとなった。そして1980年代中盤まで、同社の主任技師として手腕を奮ったタリオーニは、昨今では、Lツインの生みの親として認知されているものの……実は若き日のタリオーニは、4気筒に可能性を感じていたのだ。
ボローニャ大学の卒業製作として、1948年に250cc V4の図面を製作したタリオーニは、ドゥカティ入社後の1950年代後半は、125/175/250cc並列4気筒レーサーの開発に従事。もっとも上層部の意向で、このレーサーは陽の目を見なかったものの、1960年代中盤になると、ドゥカティの子会社に当たるスペインのモトトランスが、タリオーニの設計を継承する125cc並列4気筒車でレースに参戦。残念ながらモトトランスは、目立った戦果は挙げられなかったが、1950~1960年代初頭の世界GP125/250/350クラスで、何度も表彰台を獲得したドゥカティ自身が熟成を行っていれば、結果は違ったのかもしれない。

1257cc V4エンジンを搭載したドゥカティ・アポロ

さて、前置きがずいぶん長くなったけれど、ドゥカティ初のV4エンジン搭載車となるアポロは、かつてのアメリカで数多くの欧州車の輸入販売を行っていた、バーリナー社の要望で生まれたモデルである。同社が1950~1960年代に最も重視していたのは、警察用車両の世界でハーレーの牙城を崩すことで、もちろん民生用の世界でも、バーリナーはハーレーの市場を奪うつもりだった。とはいえ、当時のドゥカティが市販していた最大排気量車は200ccで、そんな会社に大排気量車を依頼するのは、今になってみるとムチャな話のような気がするが……。

ホイールベース1530mm、乾燥重量273kgという数値は、同時代のハーレー1200ccモデルと同等。

1959年にバーリナーから届いた依頼は、タリオーニにとっては吉報だった。ただし、タリオーニが1961年から設計に着手したアポロが、100%彼の本位で作られたかと言うと、それは微妙なところである。
まずフレームは、当時のドゥカティの量産車の定番だったダイヤモンドタイプではなく、ノートンのフェザーベッドが規範と思えるダブルクレードルタイプを採用。もっともこの件については、アポロの排気量とパワーを考えれば、当然のことと言えなくはない。
そしてエンジンに関しては、1200ccが主力だった当時のハーレーを超えることが前提だったため、燃焼効率や振動の抑制を考慮したタリオーニは、排気量が1257ccで、クランク位相角が180度の90度V4を考案。それは見方によっては、学生時代に描いた夢の実現だったのだけれど、アメリカ人の好みとアメリカの整備状況を考慮したタリオーニは、早い段階で水冷の導入を諦め、動弁系をあえてプッシュロッド式のOHV2バルブとしていたのだ(当時の同社の動弁系の王道はベベルギア+バーチカルシャフトを用いたOHC2バルブ)。

1257ccのV4エンジンは、以後に登場するLツインと同様に後方吸気/前方排気を採用。ボア×ストロークはかなりショートストローク指向の84.5×56mmで、圧縮比は、ツーリング仕様が8:1、スポーツ仕様が10:1。デロルトSSIキャブレターは、隣り合う気筒でフロート室を共用している。

もっとも、アポロが妥協の産物だったかと言うと、まったくそんなことはない。2輪車用エンジンはツインかシングルが王道だった当時において、レーサーでも採用例がほとんどない4ストV4は超が付くほど画期的だったし(一般的な量産車で世界初の4気筒車と認知されている、ホンダCB750フォアの発売は1969年である)、当時の大排気量車の基準を覆す圧倒的なパワー、ツーリング仕様:80馬力/6000rpm、スポーツ仕様:100馬力/7000rpmという数値に、タリオーニは満足していた。
さらに言うなら、セルフスターターや5速ミッションの導入も当時の大排気量車では画期的な要素で、当時のタリオーニはオートマチックミッションの導入も視野に入れていたのだ。なお1963年に完成したアポロの試作車は、乾燥重量が同時代のハーレーと同等の274kgで、スポーツ仕様の最高速は200km/h前後だった(160~180km/hという説もある)。

ヘッドライトボディにビルトインされる速度計はCEV。当初から電装系は12Vだった。

試作車が2台作られ、うち1台が残るのみと言われるアポロ

こうして生まれたアポロは、前代未聞の大排気量車として、1965年から発売が始まる……はずだったものの、1964年にイタリアとアメリカで行われた実走テストでは、高速走行時にタイヤトラブルが多発。端的に言うと当時の量産車用タイヤは、アポロのパワーと車重と最高速に耐えられなかったのだ。そこでドゥカティは、65馬力仕様のアポロを製作し、その状態でもハーレーを上回るパフォーマンスは維持できたのだが、トータル性能では同時代のブリティッシュツイン勢やBMWなどに及ばず、V4エンジンの製造・販売コストを考慮した上層部は、アポロ計画を中止。
もっとも1970年代に入ると、アポロに対応できそうな量産車用タイヤが登場するのだが、1971年以降のドゥカティの主力はLツインで、当時の財政状況が順風満帆とは言えなかった同社に、再びV4に着手する余裕はなかったのである。

前後サスはチェリアーニが製作を担当。ハーレーを意識したタイヤのサイズは前後とも5.00-16。

ドライブチェーンはなんとダブルで使用。タイヤと同様に、当時のドライブチェーンは耐久性が低かったのである。

余談だが、1971年から発売が始まったドゥカティLツインシリーズに対して、世間では“アポロを半分にしたバイク”と呼ぶ人がいる。もちろん、その表現は間違いとは言えないけれど、当初のLツインシリーズは、フレームがダイヤモンドタイプ、動弁系はベベルギア+バーチカルシャフトを用いたOHC2バルブで、構造的には既存の単気筒をベースに2気筒化を図ったモデルだった。
その手法をどう感じるかは人それぞれだが、アポロ計画の頓挫に加えて、1960年代後半の500cc並列2気筒車が大失敗したドゥカティにとって、単気筒×2という手法は、最も簡単かつ確実だったのだろう。

ガソリンタンクは1960年代初頭の250ccモデル、ダイアナシリーズに通じるデザイン。

ホワイトレザーを採用したシートは、ハーレーのバディシートを延長したかのような雰囲気。

セルフスターターを装備するアポロだが、エンジン右側後部には前踏み式のキックを設置。

レポート●中村友彦 写真●八重洲出版『別冊モーターサイクリスト2003年7月号』 編集●上野茂岐

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