カワサキW650:元バイク雑誌編集長の「忘れられない1台」
80年代からのレーサーレプリカブーム、90年代半ばまでに盛り上がった大排気量クラスでの300km/hバトル──もはや乗り手の技量に対して手に余る高性能路線は、止まるところを知らぬかに思えたものの、過熱すれば沈静化するのは世の習い。バイク乗りの中に、身の丈に合った嗜好を求める向きも増えてきたのが90年代後半だった。そうした流れに乗りヤマハSR400(1978年デビュー)は消滅のウワサを乗り越えてクラシックなロングセラー車となりつつあり、ホンダはGB250クラブマンやGB400・500を登場させた。だが、中身も外身もクラシック路線を真摯に追求して生まれたのはカワサキW650だった。
「昔の名前(W1シリーズ)を復活させただけ」に思われ、実車に触れていない発表当初は安直なモデルじゃないかというイメージが先立った。だが、現代では非常に珍しくロングストローク型でメッキの仕上げも美しく垂直にそそり立つエンジンは、失礼ながら当時のカワサキらしくない華やかな一面を感じさせた。
そのころのカワサキのイメージは、ゼファーシリーズ(400、750、1100)に代表されるように、既存のエンジンをクラシカルなフォルムに纏う、言葉は悪いが出来合いをうまく使う印象があった。実際カワサキはそれまでも一度開発したエンジンをうまく延命して使い続けるイメージの強いメーカーだったが、W650のそれは完全新設計。しかも相当に気合の入ったものだったことを、発売前の開発者インタビューで思い知らされた。
エンジン開発担当は渡辺芳男さんというベテラン技術者だった。話ぶりは朴訥で控えめな印象の方だったが、それゆえに誇張のない革新の積み上げを感じさせた。各部をメッキ仕上げにしたほか、エンジン右側には往年のOHVエンジンのプッシュロッドトンネルを思わせる2本のタワーを配置。その中身はOHCベベルギヤのバルブ駆動機構であり、バルブの駆動に国産で稀有なこの方式を採用したのは「外観を意識しつつ現代的な機能も満足させたかった」という理由だった。
ボア・ストローク72mm×83mmと、当時の国産バイクでは非常に珍しいロングストローク型の空冷675cc並列2気筒エンジンは、当然高回転型ではなくゆったり大らかに回ることをねらったトルク型で、同時にフライホイールを排気量の割に異例に重いもの(同社の大排気量クルーザー バルカン1500用と同等だった)を採用したのも特徴だ。なぜそんなことをしたのか? 話を聞いただけでは実感が湧かなかったが、数々の異例な方式を取り入れたエンジンは「それまでのバイクと相当異なる味わいじゃないか」と期待が膨らんだのを覚えている。

エンジン右側にバルブ駆動を行う「ベベルギヤ」のタワーがそそり立つW650のエンジン。360度位相クランクで、等間隔爆発による歯切れのいい排気音と鼓動感を奏でる。デビュー時は50馬力だったが、2004年の排ガス規制適合のマイナーチェンジ以降は48馬力となった

キックペダルも装備するW650。派生モデルであるW400や、後継モデルW800にはない、W650のみの特徴だ
そして実際の乗り味はというと……セルボタンを押す(キック始動も可能)と、現代的に消音されたエンジンは滑らかに回る。しかし、ポコポコとした鼓動を乗り手に絶えず伝える。軽いクラッチを繋げば、車体はアイドリングしていた慣性のままスルッと進み、1000rpm台からエンジンが粘る。そうしてポコポコとした鼓動が徐々に力強くなって、3500rpmまでの常用域で十分に滑らかさと力強さを感じさせる。
重いフライホイールマスのためエンブレはほぼ効かず、スロットルを緩めてもスルスルと惰性で走り続けてしまうが、それもW650のエンジンが持つ唯一無二の「らしさ」でもある。既存のクラシックバイクにも、昨今のバイクにもない練られた個性が凝縮されているのだが、さらに驚くのはこの低中回転トルク型エンジンが素直に高回転まで回り切ることだ。4000rpmから上はあくまでW650のエンジンにとっては余技かもしれないが、まるでモーターのように素直に回り振動も気にならない。
これがもし往年の名車「W1シリーズ」なら乗り手は振動と格闘することになる領域だが、W650はそうした高回転域も十分実用域なのだ。最高出力はW1系と大して変わらぬ50馬力。しかし、この実用性の広さとエンジン特性の豊かさは、四半世紀以上を経たカワサキバーチカルツインの進化を実感させるに余りあるものだった(個人的にはW1系の荒々しさも大好物ではあるが……)。
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